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第90回評議員会での理事長挨拶
2016.11.20
本日は、第90回評議員会にご出席いただきありがとうございます。また、平素は評議員として、協会の活動にご理解ご協力を賜りありがとうございます。
はじめに、最近の情勢について一言述べます。ご承知のように、政府は、社会保障の自然増を来年度も5000億円に抑え、1400億円カットする方針です。来年度は診療報酬改定がないので、医療費の「削りしろ」としては、75歳以上の窓口負担の原則2割化、高額療養費制度の上限額の引き上げ、漢方薬・湿布・風邪薬などの保険外しなどが提案され、協会は反対の署名などを行ってきました。このような患者負担増には問題点が少なくありません。
まずは、「受難者負担」であるという点です。政府は「受益者感覚を持とう」つまり「サービスを受けた人はそれなりの負担を」と言いますが、患者さんは決して「受益者」ではなく「受難者」です。この点、懐具合と相談して選択可能なグリーン車や高速道路料金と違って、医療は「必要」だから受けているのです。
問題点の二つ目は、支払い能力に応じていない「不公平な負担」である点です。医療費の財源のうち、税金と保険料は不完全ながら「応能負担」ですが、患者負担は「災難に比例した負担」であり、社会保障制度として「不公平」な負担です。
問題点の三つ目は、負担増加により受診抑制が生じ、しかもそれが経済的弱者、健康弱者を医療から遠ざける点で、社会保障制度としては本末転倒と言えます。
最後はモラルハザードの問題です。以前より「窓口負担無料化」などによるフリーアクセスの向上が、「必要以上の受診」と「過剰な診療」を誘発する-これを「モラルハザード」と呼び、医療保険財政悪化の原因と名指しされ、根拠のない非難を受けてきました。しかし、患者さん負担が上がれば、お金に余裕のある人だけが、フリーアクセスを確保するという、国民皆保険制度上で階層消費的な新たなモラルハザードが進んでいくこととなります。
以上のような問題点から、協会は患者窓口負担の増加に反対しています。これは決してポジショントークではなく、日本の国民皆保険制度の原理・原則です。
もう一点、今回の計画で注意すべき点が、「かかりつけ医」以外を受診した場合の定額負担上乗せ計画です。「かかりつけ」という言葉は、すでに「小児かかりつけ診療料」「かかりつけ薬剤師指導料」として診療報酬、調剤報酬に反映されています。歯科では今年の改定で「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所(か強診)」として導入され、問題となっています。
今回、いかに財務省発とはいえ、「かかりつけ医」の定義や機能すら曖昧なまま、この計画を投げつけるのはあまりに乱暴です。しかし、その目論見が「総合診療医」と結びつけた「ゲートキーパー制」「フリーアクセス制限」、そして「医療費抑制」であるのは間違いありません。この制度は、患者さんの指名・同意による「囲い込み」を経て、「登録医制度と人頭払い」への、まさに「ゲートオープナー」になると考えられます。
会員署名のコメント欄にも、この計画の問題点、危険性を指摘する声が少なくありません。保険医協会は、医師の団体として、このような医療費抑制を主目的とした、医師の差別化・分断化・階層化につながるような報酬制度には、原則として反対していくべきと思っています。
さて、本年9月、世界医師会長のサー・マイケル・マーモット氏が来日し「健康の社会的決定要因=SDH(Social determinants of health)」をテーマに講演を行いました。彼は昨年10月の会長就任に際し、素晴らしい演説を行ってるので、その中から一部をご紹介したいと思います。
「健康の重要決定要因は医療制度の外、つまり人が生まれ、成長し、生活し、働き、年をとっていく状況の中にある」「問題のひとつは貧困、もう一つは不平等である。ともに健康を損ない、健康の不公平な分配につながっている」「貧困を軽減し、生活賃金を支払い、燃料不足を減らし、労働条件を改善し、近隣の状態を改善し、高齢層の社会的孤立を減らす対策をとることで、命を救うことができる」
そして彼の最近の著作、『健康格差:不平等な世界への挑戦(Health Gap: The Challenge of an Unequal World)』の冒頭の一文では、「せっかく治療した人々を、そもそも病気にした状況になぜ送り返すのか」と述べています。また、ドイツの病理学者であるルドルフ・ウィルヒョウの言葉「医師は貧しい人々の生来の弁護人である」を紹介しています。
最後にパブロ・ネルーダの詩を引用し、賛同を呼び掛けています。「私とともに立ち上がり、悲惨さの仕組みと闘おう」。「悲惨さ」ではなく、その「仕組み」と闘おうと述べています。
今回、進められている医療保険制度、介護保険制度の改悪だけでなく、日本でも広がる貧困や格差に対して、協会は反対の姿勢をとっています。
ご紹介した世界医師会長の演説を目にし、医師の団体として、協会の進んできた道のり、方向が間違っていないと後押しされたようで、心強く思っています。皆さまも「私とともに立ち上がり、悲惨さの仕組みと闘おう」という世界医師会長の呼びかけにぜひ賛同していただきたい。
ではこの後、協会の2016年度前半期の会務報告、後半期の活動方針、本年度予算前半期執行実績、ならびに後半期見通しにつき評議員会にお諮りするので、よろしくご評議いただきたい。
それでは、執行部に対する忌憚ないご意見、活発な討議をお願いし、ご挨拶とさせていただきます。