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書評 二木立著『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』
2019.04.18
書評 二木立著
著者は、2017年3月末の学長退任後、「勉強、研究時間は飛躍的に増え、執筆する論文の『量』が増え『質』も高まった」との事である。そのせいか、退任後に書かれた本書の30論文は、これまで以上の力作であるが、我々にとっても(評者が成長したのかもしれないが)理解しやすい。著者の論文は、すべてに精緻なエビデンス(根拠)があり、その隅々までが熟読に値するが、本著は題名以上の内容が含まれており、その内容を抜粋して紹介する。
序章では、「国民皆保険制度が今や医療(保障)制度の枠を超えて、日本社会の統合を維持するための最後の砦になっている」と述べる。まさに医療関係者が守るべき砦であるが、一方で「財源論なき医療・社会保障改革論は無力」と手厳しい。
第1章では、地域包括ケアシステムは、各域での「ネットワーク」であり、自宅での看取りを含め、在宅・地域ケアにより医療介護費の抑制はできず、厚生労働省高官もそれを認めている、と分析する。
これに関しては、「文學界」(文藝春秋)1月号に掲載された、落合陽一氏と古市憲寿氏の対談が記憶に新しい。両氏は、終末期医療費に関して、「財務省の友だち」と「細かく検討」して、「お金がかかっているのは終末期医療、特に最後の1カ月」「高齢者に『最後の一ヶ月間の延命治療はやめませんか?』と提案すればいい」「終末期医療の延命治療を保険適用外にするだけで話が終わる」などと述べている。実際には、亡くなる1カ月前の医療費は全体の3%程度であり、しかも、心筋梗塞などの救急救命を目的とした急性期医療も含まれている。事実誤認に基づいた両氏の軽率な発言は、多くの人々を傷つけ罪深い。(詳細はBuzzFeed Japan Medicalインタビュー「トンデモ数字に振り回されるな 繰り返される『終末期医療が医療費を圧迫』という議論」を参照頂きたい。https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/ryuniki-1)
第2章「ソーシャルワークと介護人材確保」は、ぜひ関係者にお読みいただきたい。
第3章では、「『支払い意思額』は発展途上の概念」、「医薬品等の費用対効果評価は『医療政策的』にはもう終わった」、ロボット支援手術の評価とともに、CT・MRI・ESWL・眼内レンズ挿入術の経緯を分析し、「『採算割れ』点数は新技術の普及を阻害しない」とする。
第4章では、介護保険法改正が、高齢者の尊厳の保持を無視しているとし、財政的インセンティブ付与による「自立支援偏重」に警鐘を鳴らしている。また「社会保障費・医療費の長期推計は名目額でなく対GDP比で行う」のは医療経済学の常識であり、それが急騰しないと推計する。
第5章では、「生活習慣病」という用語の提唱とその説明の変遷を過去の資料から読み解き、この用語が、疾病の遺伝的要因や社会的要因を無視し、その原因が個人の「悪い生活習慣」にあるとの誤解を生んでいるため見直す必要があると提唱している。
第6章では、混合診療の原則禁止が、医療費の不必要な増加を防ぐという意味も大きいと分析する。
第7章では、「医療費増加の『最大の要因』は医師数増加か?」と題し、2016年に、印南一路慶應義塾大学教授が発表した実証研究に対し、「国際的に見ると、総医療費の水準・増加の主因はGDP・所得(の増加)であることが、マクロ医療経済学の膨大な実証研究で確認されている」と、この説を否定している。また、「モラルハザード」という用語に(医療)経済学上は道徳的な悪い意味はないと述べ、安易な使用に注意を喚起している。
以上は、私たちを大いに勇気づけ、あるいは警鐘を鳴らす内容であるが、単なる「あるべき論」や「理想論」ではない。詳細は本書をぜひお読みいただきたい。
最終章は2017年出版の「医療経済・政策学の探求」のエッセンスである。著者は「政策的意味合いが明確な実証研究(量的研究)と医療経済の分析・予測・批判・提言(政策研究)の「二本立」の研究と言論活動を30年にわたって続けてきている。その研究に対する「3つの心がまえ」は、第1に、リアリズムとヒューマニズムとの複眼的視点を持つこと、第2に、事実認識と客観的将来予測と自己の価値判断を峻別するとともに、それぞれの根拠を示して「反証可能性」を保つこと、第3にフェアプレイ精神として①出所・根拠となる文献と情報はすべて明示する。②公式文書や立場の異なる主張も全否定せず、評価する。③自己に誤りが判明した場合は潔く認める―ことである。医療政策を語る前に、その基本的スタンスとして、ぜひ前著「医療経済・政策学の探求」も併せてお読み頂きたい。
著者の論文や発言は各所で見られるが、鮮度が高いものが多いので、発出後早期に入手し熟読することをお勧めする。「医療経済・政策学関連ニューズレター」の入手が最適であり、さらに極めたい方は「医療・福祉研究塾(二木ゼミ)」に入るのはいかがか。
著者は、「少なくとも85歳までは研究と言論活動および社会参加は続けると決意し」ており、「9時就寝・5時起床、3食きちんと食べ、タバコと酒は嗜まない、速足を励行している」との事。「修行僧のような生活を実行したい」と宣言し、とても敵いそうにない。
50周年記念講演会に講師として来神されるので、直接拝顔してお話を伺うまたとない機会である。