医科2010.08.27 講演
阪神地区からみた観光地の風土病(特に日本紅斑熱について)
[第18回日常診療経験交流会演題より]
洲本市・こだまクリニック 児玉 和也
はじめに
わが国で見られるrickettsiosis(リケッチア感染症)は恙虫(ツツガムシ)病、日本紅斑熱、Q熱が知られている(表)。新型ツツガムシ病は日本全国でその発生が見られているが、1984年に徳島県で発見された日本紅斑熱は好発地が限定しており、病原菌であるRickettsia japonicaのベクターであるマダニの繁殖地が、多くは山林地帯であるため、都会の医療機関で患者を診る機会は少ない。Rickettsia japonicaは紅斑熱群に属するリケッチアであるが、ロッキー山紅斑熱と変わらない致死率を有するとの報告もあり、リケッチア症としてよく知られるツツガムシ病とは、発熱、発疹、刺し口の主要3兆候は同様に見られることが多いが、治療反応性などいくつかの違いが指摘されるようになってきた。
感染から発症までの潜伏期間を考慮すると、阪神地区からの観光客が日本紅斑熱の好発地区である和歌山、淡路島、伊勢志摩などの観光地にて感染し、阪神地区に帰ってから発症しているケースのある可能性は高いと考えられる。日本紅斑熱の診断は、まず有熱性の発疹患者を診た際に鑑別にあげられなければ不可能であることから、症例呈示とともにツツガムシ病との相違について述べてみたい。
ツツガムシ病との相違
ツツガムシ病が日本全国で冬期に多く発生しているのに比し、日本紅斑熱は太平洋側の温暖な地域で夏期に多く発生する。日本紅斑熱の発疹を診た皮膚科専門医は、自身の経験上、中毒疹と診断されることが多い。発症から治療開始までに6日以上経過したケースで重症化することが多く、死亡例ではMOF(多臓器不全)の状態で搬送されて入院後1~2日で亡くなることがほとんどである。軽症例はテトラサイクリン系抗生剤で軽快するが、治療反応性はツツガムシ病が24時間以内にほとんどが解熱するのに比べ、日本紅斑熱は4~5日を要することが多く、小児と成人でも反応性が異なるとの報告がなされている。重症化例ではサイトカインストームを来しており、可溶性IL-2receptorが10,000∪/ml以上の場合、ステロイドの短期併用療法が奏功する。
日本紅斑熱の軽症例では、発熱にて外来を受診、NSAID(非ステロイド性抗炎症薬)とセフェム系抗生剤を処方されるも、翌日くらいに全身に発疹が出現し薬疹を疑われ、病院に紹介され、日本紅斑熱の診断経験のある医師の診察を受ければ、特徴的な皮疹からリケッチア感染症と診断され、テトラサイクリンの内服通院治療で4日ほどで解熱し軽快するといった経過をとる場合がしばしば見られる。
日本紅斑熱の重症例
重症例を提示する。
症例は49歳、男性、主訴は発熱、発疹、意識障害。既往歴に特記すべきことなし。平成12年6月1日より発熱、全身筋肉痛が出現、6月3日全身に皮疹が出現し、6月6日全身倦怠感が強くなったため近医を受診し入院となった。ウイルス感染症を疑われ加療を受けていたが、6月9日には黄疸、腎不全、意識障害が出現し、多臓器不全の診断にて、6月10日に地元の公立病院に転院となった。体温38.4℃、血圧79/54mmHg、脈拍144/min、球結膜に黄疸あり。全身皮膚に紅斑あり。白血球数14,600、赤血球数420万、血小板数3.1万、BUN64.6、Cr8.9、GOT168、GPT144、T.bil5.0、CRP24.4、FDP49、D-dimer28、臨床経過(図1)。サイトカインストームによる多臓器不全に対して、mPSL500mgの投与を1回行ってリンパ球の異常活性化を抑えるとともに臨床症状、夏季であり好発地域でもあったことから日本紅斑熱と診断し、直ちにminocyclineの投与を開始すると同時に、急性腎不全に対し血液透析を開始した。mPSLの投与によって速やかに解熱傾向が得られ、10回の血液透析と全身管理によって救命し独歩退院となった。
世界初の死亡例
日本紅斑熱の世界初の死亡例を提示する。
症例は72歳、男性、既往歴に特記すべきことなし。生来健康であったが、数日前お盆に備え墓そうじを行い、平成13年7月13日より発熱、全身倦怠を訴えるようになり、7月16日に高熱と全身の発疹に気づき同日近医を受診し入院になった。入院時白血球数5,300、血小板数10.2万、CRP7.2mg/dl。急性ウイルス感染症および2次感染を疑われcefpiromeの投与を開始されるも、発熱は持続し7月20日全身状態悪化し、白血球数2,300、血小板数0.9万、CRP25.1mg/dlとなりDICを疑われ、gabexate mesilate1,000mg/日を開始されるとともに、濃厚血小板15単位の輸血を施行されるもMOF状態になり、地元の公立病院救急外来に同日午後11:30に搬送された。
入院時意識レベルⅠ-3、四肢末梢チアノーゼあり、胸部X線にて肺野に異常なし。血液ガスpH7.232、BE-8.4、FDP110、D-dimer64、sodium bicarbonateの点滴を開始するとともに、O2投与を行うもSpO2測定不可。気管内挿管を行うも来院2時間後に意識レベルⅢ-300となり、搬送より5.5時間後に死亡された。来院時の血液よりPCR法にてrickettsia japonicaが検出され(図2)、lane5がrickettsia japonica specific primer)、世界初の日本紅斑熱での死亡例と診断された。
日本紅斑熱の中等症例において、ステロイド非使用例19例のminocyclneでの治療開始後、入院していて監視検温のできた19例における37℃以下までの解熱に要した時間は111.4時間で、治療開始後24時間以内にほとんどが解熱するツツガムシ病とは治療反応性が著しく異なった。Isozyme MM型のCK上昇(筋炎)を66%に認めた。DIC、MOF、髄膜脳炎、ARDSなどの臓器不全を合併した重症例では、有意に発症から治療開始までの期間が6日以上を要しており、診断の遅れが重症化の要因と考えられた。
おわりに
今後、地球温暖化にともなって、ダニ媒介感染症はさらに増加してくる可能性が高く、現在のリケッチア感染症の好発地域を考慮すると、観光地でダニで媒介されたrickettsiaに感染し、数日の潜伏期を経て観光客が都会で発症した場合、発疹性発熱疾患の鑑別にrickettsiosisが念頭になければ、原因不明のMOFとして死亡するケースがでてくる可能性もあり、従来の好発地域における風土病としてではなく、広く認知されるべき致死的発疹性発熱疾患としての認識が必要と考えられる。