医科2010.10.25 講演
皮膚疾患に対する心身両面からのアプローチ -コミュニケーション法からトラウマ・ケアまで-
兵庫医科大学皮膚科 上田 英一郎先生講演
はじめに
アトピー性皮膚炎は、皮膚科の日常診療で最もよくみる疾患の一つであるが、皮疹のコントロールが難しい症例も多い。日本皮膚科学会が定める診療ガイドラインにも、「増悪・寛解を繰り返す、掻痒のある湿疹を主病変とする疾患である」と定義されている。自然寛解もみられるが、難治性の患者は幼少時より掻痒に悩まされ、あちこちの皮膚科を含む多数の医療機関を受診した経験を持っている。
また、特殊治療(科学的に効果が実証されていない治療)や、アトピービジネスと呼ばれる民間療法に翻弄された経験を持つ患者も少なくない。このような標準的な治療に対するモチベーションが下がった患者との対応を、心身両面からのアプローチとして、トラウマ・ケアの技法を用いて兵庫医科大学皮膚科では治療している。
個々の技法について詳しく解説することは、紙面の都合上不可能であるが、アトピー性皮膚炎患者への対応を元に、慢性疾患に対する心身両面からのアプローチの流れについて、ご理解いただければ幸いである。
良好な医師・患者関係の構築
良好な治療関係を構築するため、言語をうまく運用し共感のためのコミュニケーション・スキルを活用する。実際には、解決構築アプローチのコンプリメント(適した日本語訳はないが、誉める、労う、承認するといった意味となる)を多用し、患者自身のリソース(資源)を引き出し、empowermentに努める。
問題解決アプローチから解決構築アプローチへ
われわれが日常親しんでいる西洋医学では、医師も患者もついつい原因探しをしたくなり、因果関係を直線的に捉えがちになる(問題解決アプローチ)。しかし慢性疾患を診る時は円環的に捉える(解決構築アプローチ)訓練も必要である。
円環的とは、「ストレスがあるからアトピーが悪化し、その悪化がまたストレスの原因となる」といったようなことであり、この悪循環のなかで原因を探しても見つからないし解決しない。アトピー性皮膚炎では、アレルギーの側面もあるため、しっかり原因探しもしないといけなく、うまく問題解決アプローチと解決構築アプローチを使い分ける必要があるが、これらの考え方を理解していないと患者も医師も混乱する原因となる。
様々な出来事がトラウマになり得る
このような心身医学的アプローチを用い、アトピー性皮膚炎をはじめ心身症的側面を持つ皮膚疾患患者に対応してきたが、なかなか治療関係が構築できない患者群が存在する。そういった患者は、否定的な人生経験が元となり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に類似した病態を示しているのではないかと考えている。
この「否定的な人生経験」の中には、精神的虐待、ネグレクトなどの養育のトラウマや、機能不全家族の問題や、学校や職場でのいじめ、あるいは医師などからの心ない一言まで様々なものが含まれる。
EMDRを用いたトラウマ・ケア
兵庫医科大学皮膚科ストレスケア外来では、このようなトラウマ体験がもととなり難治化していると考えられるアトピー性皮膚炎等の患者には、トラウマ・ケアの技法であるEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing,眼球運動による脱感作と再処理法)を用い、治療を行っている。
EMDRは、1989年にアメリカの臨床心理士Francine Shapiroによって初めて報告された、情報処理モデルによって導かれる心理療法アプローチである。この技法では、トラウマの元となっているターゲットを同定し、その出来事や場面を思い出しても苦痛にならないように記憶の処理をする。
トラウマ・ケアが習慣性掻破に有効であったアトピー性皮膚炎の症例
20歳のアトピー性皮膚炎の男性。この青年は、小学生の頃より継続するいじめを体験しており、また、思いもよらない時に親に厳しく非難されるといったこともあったようである。
高校卒業後、専門学校に入り、その資格を活かし、ある年の4月より仕事に就いたが、その職場でも先輩からいじめにあっていた。次第に抑うつ的になり、仕事を辞めたいと思うようになり休みがちになったが、「男児たるもの、一度就いた仕事は一生続けるべし」という教えを父親から幼少時より受けており、辞める決心がつかなかった。
そのようなストレス状況下でアトピー性皮膚炎は悪化し、近医からの紹介もあり父親に連れられてやって来た。
そこで、この問題(職場でのいじめ)についてEMDRを行った。EMDR前、いじめを受けていた場面を思い浮かべた時の彼の否定的認知は、「私は無力だ。やっていける自信がない」であったが、これに対して「私は私のままでいて良い」と思いたいがそうは全く思えておらず、苦痛の度合いも9(0~10で10が最大の苦痛)であった。
約1時間におよぶEMDRのセッションが終わる頃には、元の場面を思い浮かべても苦痛の度合いは0(0~10)に低下しており、「私は私のままでいて良い」と心から思えるようになっていた。
EMDRセッション中の発言としては、「できれば職場放棄して帰りたい」→「もっと自分に合った職場があるはずだ」→「もう少し慎重に職場を選べば良かった」→「今後はゆっくり仕事を探していきたい」→「今後は自分のペースでやれることがしたい」→「辞めてしまえば過去のこと、いちいち思い出す必要はない」→「今後、仕事を選ぶときは、仕事の内容が自分に合ったものを選ぶのが仕事選びだ」→「この職場で過ごしたことも、今後経験として活かしたい」と、発言がだんだんと適応的な考えとなっている。
また、EMDR後の変化としては、ノートに「両親に自分の言いたいことが言えるようになった」、「これまで多かった両親の前での掻きむしりが減った」と書かれており、掻くという行為でなく、言葉を用いて両親とコミュニケーションできるようになってきている様子が窺えた。また、「皮膚症状が良くなりかけたとき、喜ぶことができた」とも書かれており、以前、症状が悪化した原因の一つに治療に対するモチベーションの低下もあったと考えられた。
アトピー性皮膚炎のような慢性疾患の場合、セルフケアも症状寛解のための非常に重要な要素となるため、患者の心理社会的側面も考慮する必要がある。ただ症状を良くすることを目標にするのではなく、症状が良くなった後にどのように生活が改善されているかをイメージできるような話し合いができれば、必ず患者や患者を取りまく環境に変化が起こると信じている。
この患者の場合、症状のみを改善させても、またあの嫌な職場が待っていると思うと、治療に積極的になれない彼の気持ちも理解できる。
おわりに
ストレスケア外来では、難治性皮膚疾患患者に対して、まず「ことばの力」を用いて良好な治療関係を構築し、標準的な治療が充分に効果を発揮できるようにサポートする。経過中、患者との会話の中で、患者自身が体験した否定的な人生経験が元で抑うつ的になっていたり、解離傾向がみられたりして症状がなかなか改善しない場合は、トラウマ・ケアも組み込んだ治療が必要である。
昨今、モンスターペイシェントなどと呼ばれる患者がみられるが、彼らの中にはトラウマが原因で言語学的なコミュニケーションが困難となっている者がいると考えている。そのような患者に対応できるような、トラウマ・ケアの技法を確立したいと考えている。