医科2010.12.15 講演
ひらめき診断術 キーワードを探せ [診内研より]
藤田保健衛生大学総合救急内科 山中 克郎先生講演
直感で正しく判断する能力
マルコム・グラッドウェルは、著書「第一感『最初の2秒』の『なんとなく』が正しい」の中で一気に結論に達する脳の働き「適応性無意識」について、興味深いことを述べています。
「授業が聞く価値があるかどうかを判断するのに、学生はどのくらい時間がかかるか」という、ある心理学者の実験では、教師の授業風景を撮影した音声なしビデオを10秒間見せるだけで、学生たちは教師の力量をあっさり見抜いたそうです。その評価は、数カ月間授業を聞いた後もほとんど変わることがありませんでした。すなわち、人は直感でかなり正しい判断ができるというのです。
医学も同じだと思います。症例検討会で時間をかけて何度討議しても、たくさんの検査を追加しても、正しい診断に近づくとは限りません。直感で正しく判断する能力は誰にでもあり、誰もが鍛えることができます。
医学部で習う診断法は仮説演繹法と呼ばれ、(1)詳細な問診、(2)基本に忠実な身体所見、(3)プロブレムリストの作成、(4)鑑別診断の展開、(5)検査のオーダーから成り立ちますが、臨床の現場では誰もこんなことをしていません。私たちには、時間がないのです。
ベテラン医師は病歴、身体所見、検査結果から重要なキーワードを探し、鑑別診断をあっという間に絞り込みます。診断の神様と呼ばれるカリフォルニア大学サンフランシスコ校のTierney(ティアニー)教授は、診断に必要なキーワードを探し出す名人です。実臨床では様々な「目くらまし」となる症状の訴えがあるため、優れた判断には情報の切り捨てによる「キーワード」抽出が欠かせません。
パターン認識による診断
ある症状と身体所見から、直感で診断するSnap Diagnosis(パターン認識)を使うことにより、効率よく正しい診断をすることができます。ベテラン医師の診療では、90%のケースでパターン認識による診断をしていると言われます。病歴と基本的診察所見(検査所見)から、鑑別診断はかなり絞り込めます。
パターン認識の例を示しましょう。
(1)27歳男性。パチンコ屋で意識消失→てんかん発作
パチンコでの大当たりが光刺激となり、てんかん発作を誘発。
(2)72歳男性。転倒後に右下肢が外旋+短縮
→頻度が高い大腿骨頸部骨折を疑います
(3)51歳男性のバチ指
→1)右→左シャント、2)肺での動静脈瘻、3)心臓弁の血小板付着の病態を考えます
骨髄で作られた血小板由来増殖因子を含む大型血小板は、肺にひっかかって増殖因子は不活化されますが、右→左シャント(Eisenmenger症候群)、肺での動静脈瘻(肺癌)、心臓弁の血小板付着(心内膜炎)があると、大循環系に入り込みます。指尖の毛細血管に、大型血小板が凝集して放出される増殖因子により、線維組織の増殖が起こり、バチ指を形成します。
(4)突然、短期記憶が全くできなくなった48歳女性。同じ質問を何度でも繰り返す。昔の記憶は保たれていて、意識は清明
→一過性全健忘(transient global amnesia)
〈症 状〉
○数日~数年の記憶が喪失(逆行健忘)
○発作中は新たな記憶ができない(前向健忘)
○患者は不安になり、何度も同じ質問を繰り返す
○昔の記憶は障害されていない
○記憶以外の高次機能は障害されない
○24時間以内に、症状は改善する
〈原 因〉
○不明、中年に多い
○MRIでは海馬の神経脱落や虚血が示唆されている
○疼痛、ストレス、息こらえがtriggerとなることあり
(5)63歳男性。慢性心不全の増悪で来院。浮腫がある両下腿前面に色素沈着。潰瘍のあとあり
→静脈不全(venous insufficiency)
静脈不全は下腿潰瘍の最も多い原因(>90%)です。
〈症 状〉
圧痛→浮腫、色素沈着、うっ血性皮膚炎、下肢静脈瘤→潰瘍と進行する。
〈原 因〉
深部静脈血栓症やうっ血性心不全のため、表在静脈圧が高まる。
〈治 療〉
○利尿剤は効かない
○下肢挙上
○弾性ストッキング
総合診療医の行と心
日々の診察など忙しすぎてつらくなると、こんなことを考えています。
(1)自分の勉強不足で気がつかない疾患がたくさんある→いつも疑問を持ち続ける。
(2)今の自分に妥協しない→「万年研修医!」。
一歩ずつ成長しているという事実の素晴らしさを知る。
(3)周りの人を幸せにしてあげたい→楽しみながら仕事をする。
医師は何歳になっても、問題意識を持ちながら診療を続けることで、さらに自己の能力を向上させることが可能です。 (見出しは編集部)