医科2011.01.25 講演
感染症診療のロジック
-見逃したら怖い外来の感染症に着目して- [診内研より]
静岡がんセンター感染症内科 大曲 貴夫先生講演
1、感染症診療:思考のロジックを持つ
感染症診療を適切にできるようになるには、どうすればいいのか。そのためには、感染症診療を行う上での基本的な考え方、つまり、ロジックを身につければよい。
〈感染症診療のロジック〉
▽ 患者背景を理解
▽ どの臓器の感染?
▽ 原因となる微生物は?
▽ どの抗菌薬を選択?
▽ 適切な経過観察
2、患者背景を理解する
まず必要なのは、「患者の背景について知る」ということだ。同じように見える患者でも、背景が異なれば考えるべき疾患は違ってくる。ここに、60歳代の女性が左下腿の発赤腫脹圧痛で来院したとする。診断は蜂窩織炎。この場合、A群β-溶連菌や黄色ブドウ球菌感染を念頭に、診療を行う。治療は当然、これらの微生物を標的とすることになる。
しかし、この女性が「猫に左足をかまれた」あとに、同じように来院したらどうだろうか。実は、考えるべき微生物が変わってくる。
例えば犬猫咬傷の場合、近年Capnocytophagaという微生物による感染が問題となっている。まれだが、重症化し敗血症となることもある。この菌をはじめ、犬猫咬傷の場合の原因菌は、A群β-溶連菌や黄色ブドウ球菌感染に用いられる第一世代のセファロスポリン系抗菌薬ではうまく治療できない。Ampicillin/sulbactam静注やamoxicillin/clavulanate内服などによる治療が必要である。
このように、患者背景が異なれば、同じ臓器系統の感染症でも原因微生物が異なり、その結果治療も変わってくるのである。
3、どの臓器の感染か
臓器を詰めることは、感染症診療できわめて重要である。その重要性は、本日の出席者には当然のことだろう。そこで本日は、ピットフォールについて述べる。
「咽頭痛」は、ありふれた症状だ。多くの場合、急性上気道炎や細菌感染による咽頭炎であることがほとんどである。ただこの中には、伝染性単核球症も紛れ込んでいる。どう見分けるか。鍵は、後頚部のリンパ節である。前頚部だけでなく、後頚部のリンパ節も腫れていれば、伝染性単核球症も疑う。また「咽頭痛」の患者の中には、時として重症感患者が紛れ込んでいる。「口が開きにくい」場合には、深頸部膿瘍を疑う。縦隔炎になることもある危険な疾患である。後頭部痛やえん下困難を伴う場合には、咽後膿瘍を考える。
診療の中では、「熱はあるが原因がはっきりしない」という場合もよくある。熱の原因としては感染症が多いが、この場合どうすればいいのだろうか。
まずは、症状所見がはっきりしない感染症を思い出す。具体的には、前立腺炎や腎盂腎炎などの尿路感染と、胆管炎・憩室炎などの腹腔内感染である。
まれだが、心内膜炎もありうる。心内膜炎の拾い上げは容易ではない。しかし、心雑音の陽性率は80%以上とわかっているので、まずは熱源が不明なら心音を聞く習慣をつけておけばよい。「熱源がわからない...」と感じたときにこれらの疾患を思い出せれば、隠れた微妙な所見を拾うことが可能になり、診断につながる可能性がある。
4、原因となる微生物を詰める
感染症治療は、二つのステップに分かれる。
抗菌薬治療は、特定の臓器における特定の菌の感染症に対して、第一選択薬が投与されるのが理想だ。しかし、感染症治療が開始される時点では、病原微生物は同定されていない。とはいっても、放っておけば患者の状態は刻々悪化するわけであるから、何らかの手を打たねばならない。
そこでまずは、ターゲットとなる微生物を推定してリストアップし、挙げられた原因の生物に対して有効な抗菌薬を選択する。これをEmpiric therapyという。すべてのEmpiric therapyは標的となる微生物が想定されていることが前提だ。
Empiric therapyを選択して治療を開始して数日すると、やがて微生物検査の結果が戻ってくる。多くの場合、起因微生物とその感受性試験結果が得られるはずだ。結果をもとに、Definitive Therapyを選択することとなる。Definitive Therapyとは、ターゲットとなった特定の臓器の特定の微生物による感染症に対して、第一選択薬を用いて治療するやり方だ。
ここまで考えると、「微生物を推定・同定する」というステップが重要であることがわかってくる。
微生物の推定
起因微生物の推定のために参考となる情報とは、「どの臓器が感染しているか」である。各臓器に感染症を起こしうる微生物には、パターンがある。例えば膀胱炎では、大腸菌感染が多く80~90%を占める。これを知っていれば、治療は大腸菌を念頭に組み立てればよい。
このように、臓器毎に原因となる可能性の高い微生物を覚えていれば、推定は簡単である。
微生物の同定
微生物の同定に必要なのが、微生物学的検査だ。近年大腸菌では、キノロン耐性菌も増えている。キノロンの効かない膀胱炎の患者が増えているわけである。
微生物検査は、この場合に耐性菌の検出を可能にする。
5、どの抗菌薬を選択?
近年、邦文で書かれた感染症の優れたマニュアルが多く出てきた。各種の感染症に対する具体的な抗菌薬の選択は、ぜひそのマニュアルを見ていただきたい。
大切なのは、「抗菌薬処方には診断ありき」ということである。ここに、35歳男性の症例を呈示する。この患者は発熱を訴えて受診したが、診断がはっきりしないまま抗菌薬だけが次から次に処方された。結果的に心内膜炎と診断がついた頃には、心臓の弁破壊は進んでおり、手術を受けざるをえなかった。抗菌薬が処方されてしまっていたために、血液培養でも菌が検出できなかった。
一部の医師たちの中には、「発熱の原因がわからなければ、抗菌薬を出しておけば、とがめられない。出しても悪いことはない」という考えもあるようである。たしかに、それで無事に済んでしまうケースもあるだろう。しかし、本例のようなケースが起こりうることも事実である。原因不明の場合は、「引き続きよく調べる」ことが必要なのであり、抗菌薬でお茶を濁してはならない。
ちなみに演者は、以前「あなたは『風邪』に抗菌薬を出すなと言うが、高齢者は肺炎になりやすいから、抗菌薬を出すべきだ」と諭されたことがある。
しかし、実際に急性上気道炎症候群の高齢者において、肺炎を含む気道関連合併症を1例防ぐには、2000人近くに抗菌薬を処方しなければならない。抗菌薬を2000回も処方していれば、いずれはどこかで重篤な副作用に遭遇することになる。その頻度は、低くはない。肺炎を防ぐ利益と、重篤な副作用のリスク、それらを天秤にかけたときに、どうやれば何がバランスの良い医療となるのか、答えは自明である。
6、適切な経過観察
感染症マネジメントの上では、正確な診断と適正な治療薬の選択が重要なことは言うまでもないが、しかし同じぐらい大切なのは、感染症が治療によって改善しているかどうかを客観的に判断して、その後の方針を決定していくことである。
経過観察を行う上で重要なことは、各疾患の自然経過、つまり「どのような過程を経てよくなっていくか」、自然経過をよく理解しておくことだ。自然経過を知っていれば、患者の状態がそこから外れればおかしいと判断できる。
例えば、患者が「風邪が治らない」といって来院したとする。「風邪が治らない? ならば抗菌薬を!」では、ちと芸がない。急性上気道炎後に症状が遷延する場合には、(1)急性副鼻腔炎、(2)急性中耳炎、(3)感染後の咳そう症候群、のいずれかに当てはまることが多い。また、急性副鼻腔炎の場合は、急性上気道炎発症後10日たっても症状が改善しない場合には、細菌性感染の可能性があるので、抗菌薬治療の対象となる。
逆に言えば、それまでに患者の状態が落ち着いていれば、抗菌薬なしで様子を見てもよい。このようなマネジメントは、「疾患の自然経過」を知っていてこそ可能である。
○ Blok, W.L., et al., Feasibility of an antibiotic order form. First experience in the department of internal medicine of a university hospital. Pharm World Sci, 1996. 18(4):p.137-41.