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学術・研究

医科2011.09.15 講演

帰宅願望の強い軽度認知症の事例 [第19回日常診療経験交流会演題より]

尼崎市・グループホームはたなか ケアワーカー 近藤 賢志

Ⅰ 当該事例のAさんについて

【年 齢】89歳
【性 別】女性
【身 長】152㎝
【体 重】56㎏
【入所日】2009年6月
【職 歴】専業主婦
【家族構成】独居
【要介護状態区分】要介護度2
【ADL】自立
【認知機能】HDS-R20点
【認知症高齢者の日常生活自立度】Ⅲランク
【障害老人自立度】A1ランク
【現 病】アルツハイマー型認知症、湿疹(主に顔・右前腕)
【服用薬】抑肝散、アリセプト錠、ケトテンカプセル、メディピース錠
【性 格】気が小さく、優しい性格
【趣 味】洋裁、編み物
【生活歴】大阪府池田市出身。30歳で結婚するまでに、宝塚大劇場の切符売りや、大阪の園芸高校で事務員として働いていた。長女、次女を出産してからは専業主婦となる。71歳の時に夫を亡くしてからは独居生活になる。83歳の頃から認知症の症状(作話、物盗られ妄想、不眠等)が進行してきたため、独居生活の継続が困難となり、86歳で「グループホームN」に入所する。2年間Nに入所した後、88歳で「グループホームはたなか」に入所となる。
【コミュニケーション能力】積極的ではない、仲良くなれば話をする、ユーモアも理解される。
【本人の意向】自宅に帰り、自宅で暮らしたい。

Ⅱ 入所後の経過

 入所後しばらくして帰宅願望の訴えがみられるようになり、「いにたい(帰りたい)」と言われ、また、「家に虫がわいてメチャメチャになってる」「家がメチャメチャに壊されて住めなくなってる」と妄想の訴えも見られるようになる。
 徒歩で20分ほどにある自宅をスタッフと一緒に見に行き、確認し納得されても、3時間ほどで忘れてしまう。家を見に行った時にデジタルカメラで写真を撮り、グループホームに帰ってから訴えがある時に、写真を見てもらうようにもしたが納得されない。
 入所して初めのうちは、「家が心配なら見に行きましょう」と言うと、応じられていたが、次第に、「家が心配で見に行きたい」と言われても、実際に見に行く段階になると、何かと理由を言われて、「行きたくない」と言われる。
 自宅で暮らしたいという強い思いから発した、様々な発言の間違いを認めることが嫌なのか、事実を知り認めてしまうとずっとグループホームで暮らさないといけなくなってしまうと思うことが辛いのか、あるいは、自分の記憶や考えていたことと、実際の自宅の様子との違いに、自分がおかしくなっていることを薄々感じているが故に怖さがあるのか、拒否される。
 入所者の一人に徘徊があり、しばしばAさんの部屋に入ろうとするので、Aさんには鍵を渡しており、自室に出入りする時には鍵をかけてもらうように伝えている。Aさんが忘れていてスタッフが気付いた時には、鍵をかけるよう声を掛けるようにもしているが、徘徊のある入所者がAさんの部屋に入ろうとした時や、鍵がかかっている扉をガチャガチャとさせた時には、普段は穏やかなAさんも激しく怒りを表される。
 その後の訴えは「特にここは、これと言って嫌なことはないけど、アレがいるから嫌やねん」、また「私もボケとるかもしれんけど、あんなんとは違うし、一緒にはおられへん」「あんなんと一緒にされたら困る」と言われる。
 食欲はあり、入浴も2日に1回くらいのペースでされているが、散歩や買物等の外出は、体を動かすのが面倒な様子で、「しんどい」「今それどころでない(家のことを考えていて)」と、拒否され、日中の居眠りが目に付くようになった。また、夕方や夜間には訴えが始まったり強くなる傾向にある。

Ⅲ キーパーソン(長女)との関係

 Aさんの子どもは、長女・次女の2人で、2人とも嫁がれている。
 キーパーソンの長女は美容師で、グループホームから電車で少し離れた同じ市内の自宅で、美容院を営んでいる。
 次女は保健師として働いており、グループホームから電車で1時間ほど離れた所で暮らしている。
 長女・次女ともに一月に1回のペースで1人で面会に来られ、Aさんと昼食を外でとったり、時にはAさんの自宅を見に行ったりして過ごされる。面会の日が近づくと訴えは軽くなり落ち着くが、面会があった後は、次の面会が1カ月先になるためか、逆に訴えは強くなる。
 キーパーソンの長女はハキハキしたキツめの性格で(Aさん自身がしばしば言われる)、Aさんは長女のことは怖いと思っており、長女の言うことには逆らえずに言われたことは黙って聞く。しかし、息子がいないから長女が長男みたいなものだと言われることがある。ずっとグループホームで暮らすことを、面会や電話で長女に、ハッキリとガツンと言われると、吹っ切れたようなさっぱりとした様子になり落ち着かれる。
 だが、長女はAさんと関係をあまり持ちたくない様子で、面会に来られた時も、「お母ちゃんはお姑さんと一緒に暮らしたといってもわずかな期間」「あまり苦労してない」などと、Aさんとの会話の中で言っているのを聞くことがある。

Ⅳ グループホームの対応

 家事などの手伝いは、お願いすればあまり嫌がる素振りはなく、コツコツとされる。そのため、自宅や長女のことに意識が向きすぎ苦しまれないように、また、自立した生活を送ってもらえるよう、リハビリやレクリエーションをできるだけしてもらっている。
 リハビリは、PTによるリハビリヘの拒否が強いため、生活リハビリを中心にし、調理の下ごしらえ、食事の準備・後片付け、おやつ作り、掃除・洗濯、新聞取り入れなどをしていただいている。特に包丁を使った料理の下ごしらえや、裁縫はたいへん上手にされ、われわれ職員も驚かされることがある。
 レクリエーションは積極的に参加されるとまでは言えないが、とても明るく楽しまれる。折り紙や張り絵のような手先を使ったものだけではなく、風船バレーのような、体を使うものも元気に好んでされる。
 行事は、季節の行事や毎月のイベントには必ず参加され、笑顔が見られる。

V まとめ

・Aさんは自宅に戻り自宅で暮らしたいが、今自分がなぜグループホームで生活しているのか、納得されていない。認知症とクリアの狭間にいて、時には不安になり、時には帰宅願望が強く苛立ち、自分自身がコントロールできない様子が見て取れる。
・認知症が軽くある意味しっかりしているため、ごまかしがきかない。その場しのぎの対応をしないよう、心掛けていく必要がある。
・今後も、自宅のことが気になったり、キーパーソンの長女のことを考えたりしても、それらのことに意識が集中しすぎないように、うまく日常の家事やレクリエーションを取り入れ、落ち着いて安心できる暮らしを提供し、心の波に寄り添っていきたい。
・キーパーソンの長女を含め、家族がより気軽に足を運びたくなるような、グル一プホーム作りを目指していきたい。

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