医科2012.11.05 講演
[保険診療のてびき] 認知症の知識 -アルツハイマー型認知症の話題と当院の認知症診療から-
西宮市・つちやま内科クリニック 土山 雅人先生講演
1.アルツハイマー型認知症の最近の話題
(1)画像診断の進歩アルツハイマー型認知症(以下、ADと略す)の画像診断には、従来より頭部CTやMRIが用いられ、海馬萎縮に代表される特徴的な脳の変化の判定や、血管障害などの器質性病変の鑑別などが行われている。
最近では、MRI画像をコンピューター処理することによって、海馬傍回の萎縮を半定量的に測定するVSRADと呼ばれる解析方法が開発され、より客観的に萎縮の程度やその進行状態が検討できるようになった。また、核医学的手法を用いて脳血流パターンを調べるSPECT検査(脳血流シンチ)にも画像統計解析の手法が適用され、eZISや3D-SSPなどの解析ソフトが実用化されている。
これらによって、ADの早期の段階から特徴的な後部帯状回や楔前部などの血流低下も可視化できるようになり、脳血流低下のパターンの分析から各種の認知症(レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など)の鑑別に利用されている。
さらにPET検査では、FDG-PETによる糖代謝の検討以外にも、ADの病理で重要な役割をなしているアミロイドβ蛋白の脳内沈着を非侵襲的に画像化するアミロイドイメージングの開発も進み、ADの臨床症状出現以前の脳内のアミロイドβ蛋白の動態が検討されている。
(2)バイオマーカーからみた経過
バイオマーカーとは、病態を示すゲノム情報、遺伝子情報、蛋白の変化、代謝産物などの生体由来物質や脳画像を含む生体計測の結果などの、疾患を客観的に評価するための指標である。ADでは脳内アミロイド蛋白の産生、分解、排泄の異常がきっかけとなり、不溶性のアミロイドβ蛋白の蓄積が生じ、それに引き続いて神経細胞内にリン酸化されたタウ蛋白が蓄積して細胞死が引き起こされるというメカニズム(アミロイド仮説)が推定されている。
現在、世界的な規模でAD、軽度認知障害(MCI)、健常老人における脳脊髄液や血液、脳画像の変化を前向きに検討する試み(ADNI研究)がなされ、ADの発症に至るまでの進行経過が詳しく検討されている。それらの結果によると、ADによる認知症の発症前の軽度認知障害のさらに数年以上前からアミロイドβ蛋白やタウ蛋白の沈着が始まっていることが明らかになり、preclinical ADの存在が認識されるようになった。
本邦では、ADの早期診断に役立つ脳脊髄液中の総タウ蛋白、リン酸化タウ蛋白、アミロイドβ蛋白の測定は保険適応になっているが、より簡便な早期スクリーニングのための生化学的診断マーカーの開発が望まれる。
(3)薬物治療について
ADの薬物治療は、根本治療をめざす病態改善薬と、現状の改善をめざす症状改善薬に分けられる。前者としては、アミロイドワクチンなどが開発されてきたが、今のところ有効な手立ては見つかってはいない。後者としては、3種類のコリンエステラーゼ阻害剤と1種類のMNDA受容体阻害剤が抗認知症薬として使用されている。
これらの抗認知症薬は、記憶障害を主体とするADの中核症状に対する明らかな改善効果は期待できないが、認知機能障害の進行遅延、介護や見守りの時間短縮、入院・入所までの期間の延長などに効果があるとされている。
さらに、各種の非薬物療法(回想法、芸術療法、運動療法など)や正しい認知症の知識に基づいたケア技術を組み合わせることによって、治療効果はより高まり、患者・家族のQOL向上に寄与すると考えられる。
2.当院の認知症診療の経験から
(1)老老家庭・認認家庭日本には約5000万世帯の家庭があるが、そのうち約1000万世帯は65歳以上の高齢者のみの老老家庭である。高齢化の進行に伴い認知症が増加していることを反映して、老夫婦がいずれも認知症を患っている家庭もいまやまれではない。
このような認認家庭では、認知症の対応以外にも、身体疾患の管理、治療中断時の対応、救急入院が必要な場合、退院時の在宅療養に向けての連絡調整、介護者の予期しない体調不良、行政との関わりなどのさまざまな問題を有している。
(2)摂食嚥下障害
ADの嚥下障害は、初期では先行期の障害が主体で、経過とともに準備期や口腔期の障害、末期には咽頭期にも障害がおよび、この間に低栄養や脱水、窒息、嚥下性肺炎などの合併症が生じる。
このような障害に対して、摂食嚥下訓練、食材の工夫、食事環境の整備などが行われるが、最終的に補液や代替栄養(AHN:artificial hydration and nutrition)の適応が問題となる。現在、特に胃瘻の是非について医療界のみならず、市民を含めた各方面からの関心が高まり議論が行われている。
(3)在宅看取り
ADをはじめとする非がん疾患では、予後予測や終末期の見極めが難しく、臨床像も個々の疾患(神経疾患、呼吸不全、心不全、肝不全、腎不全など)によってさまざまである。
一般に、がんの在宅療養では予後が限られており、疼痛管理などの緩和ケアの比重が高い。一方、非がんでは末期に至るまで脱水、低栄養、褥創、呼吸困難、感染症などの医療的対応を必要とする問題がしばしば起こり、長期的視点に立った治療と緩和ケアの両立が必要である。
また、ADの病態や経過(ADは発症から5年程度で約半数の患者が寝たきり状態、平均生存期間は8~10年)が、家族のみならず、医療・介護スタッフにおいても十分認識されておらず、看取りの対象としての認識が乏しい実態も問題である。
(9月8日北阪神支部・在宅医療研究会より)