医科2012.11.15 講演
[保険診療のてびき] 医療機関で知っておきたい社会保障・福祉制度等
神戸女子大学 講師 阿江 善春先生講演
はじめに
日本の社会保障の制度体系は、「社会保険方式」をとっているものが多く、しかも「納付と給付の連動」「応益負担」などのいわゆる「保険原理」を前面に出されると、どうしても「社会的弱者」を切り捨てる傾向を持っています。つまり、経済的・社会的困難を抱えた病人が患者になること、患者であり続けることが困難になる可能性が高いということです。
この傾向は、構造改革・規制緩和路線といわれる政治の下で、今後も一層強まるものと思われますが、そうであるからこそ受療権を守る上で、臨床の現場で患者・家族・利用者さんの傷病や疾病の状況と生活・労働背景をつないで、理解することが大切です。
医療保険の保険料と法定給付
まず、「社会保険」と呼ばれている5保険(医療・介護・年金・雇用・労災)との関係で、見ていきます。(1)医療保険(特に国民健康保険・後期高齢者医療制度)の資格が短期間の場合、ほとんどが生活苦から保険料滞納になっているケースであるため、今後の保険料納付ができるかどうか聞いてあげること、(2)健保・国保・後期高齢のいずれにも共通する「高額療養費制度」に該当しそうな場合、低所得者ほど限度額が低いので、各保険者の窓口に相談するようアドバイスしてあげること、(3)健保の被保険者であれば連続3日以上(歴日数)の休業を要する場合は「傷病手当金」の制度を知っているかどうかを確認すること、(4)その給付期限(休業を要する主たる同一の疾病で1年6カ月)が過ぎて休業保障がない場合で、なお就労に一定の制限が必要な場合「障害年金3級」の可能性が高いので、年金事務所に相談に行くことを勧める、などが大切です。
特に健保の場合には、「資格喪失後の給付」について知らない方が多く、離職後の医療保険選択では、健保の任意継続か居住地の国保加入かによって、その後の保険料負担に2~3倍もの開きが出ることがあるため(大抵は国保加入の方が高くなります)、できれば外来などで離職をほのめかされた時は、早め(離職前か、離職=健保資格喪失後20日以内)に事業所の庶務担当者か、居住地の国民健康保険課窓口に相談し、それぞれの保険料を確認してから選択するようアドバイスしてあげることが大切です。
資格喪失時に、受給中や受給資格の発生する手当(傷病手当金や分娩費・出産育児一時金、出産手当金など)にも申請漏れがよくあるので、確認してみることを勧めてください。
介護保険と障害者手帳
介護保険についても、すでに保険料徴収(基本は年金天引き)が無年金・低年金でできない方を中心に滞納が起きており、利用時の制裁が予想されるため注意が必要です。介護保険利用に関して、一番の留意点は「介護が必要ということは、同時に何らかの障害が存在している」という点です。この点では、障害者手帳の診断基準と介護度の判定基準(できれば障害年金の診断基準も)の関係を、理解しておくと便利です。
障害者手帳には、身体・精神・知的の各手帳があり、身体にも視覚・聴覚・平衡機能・言語咀嚼機能、上肢・下肢の機能、各内臓の機能別に障害基準があります。心臓の弁置換術や人工ペースメーカー埋め込み術後、増え続けるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)に伴う在宅酸素療法対象者、腎臓機能障害で人工透析治療を受けている方などで、よく手帳の申請漏れが見受けられます。
また、うつ病(老人性を含む)や認知症で、精神保健福祉手帳を申請・取得することも可能ですし、理解力の低下に知的障害が隠れていて療育手帳を申請していなかった例もあります。
いずれにせよ、日常生活において何らかの援助や介助、介護の必要な方は、それぞれの障害者手帳を取得されているかの確認をすることが肝要です。また、これらの手帳取得は各自治体の福祉医療(保険診療自己負担分への助成)受給にもつながります。
税金の各種控除等
介護保険利用者や障害者手帳取得者に共通する「税の控除申請」があります。これは、所得税の年末調整時や確定申告時に、税の課税対象額から障害者の控除(省くという意味)が受けられるもので、所得税、住民税、さらにはそれらを基礎に算定される保険料がいずれも下がることになるので、重い保険料負担に苦しむ方にとっては大切なことです。
その際、各障害者手帳を取得されている方は、手帳のコピーを添付すればよいのですが、介護保険利用だけで各障害者手帳を取得されていない方は、居住地の自治体に証明を発行してもらい添付する必要があるので教えてあげてください。
重ねて、何よりも障害者の手帳を取得することを援助することが大切です。
特別障害者手当
次に、手当に関してですが、一番申請漏れが多いのは、介護保険で介護度4・5などの重度介護認定をされた方のほとんどが該当すると思われる「特別障害者手当」です。県下の自治体を対象に調査した統計でも、申請・受給率は1~2割にも満たないところがほとんどです。この手当は、根拠が単独の法律(特別障害者手当に関する法律)なので、他法=身体障害者福祉法に基づく各障害者手帳の取得は申請時の条件ではありません。判断の基準としては、「日常生活において常時、特別の介護を必要とする程度のもの」で、手当の支給額は月額26,340円です。高額の介護保険利用料負担で苦労されている方に、ぜひ申請を勧めてください。
おわりに
これら以外に、最初に述べた5保険(特に、紹介できなかった雇用・労災・年金)にも、患者さん本人・家族・利用者が利用できるものがあります。詳しくは、全国生活と健康を守る会連合会が出版している冊子『暮らしに役立つ制度のあらまし』などを参考にしてください。患者さんにとって、医師や医療機関からからだの状況に加えて、生活上の心配事についての気遣いや援助が受けられることはとても大きな支えであり、信頼関係の構築にもつながるものです。
(9月1日北摂・丹波支部会員懇談会より、見出しは編集部)