医科2013.01.25 講演
プライマリ・ケアの現場で役立つ一発診断 ~一目で見抜く診断の手がかり~ [診内研より]
北海道大学病院・卒後臨床研修センター 宮田 靖志先生講演
瞬時の意思決定
近年の認知心理学的研究によれば、人は意識下で瞬時に意思決定をしており、しかもその決定は間違っていなかったということが明らかにされている。"認知的意思決定"とよばれるプロセスが解明され、意思決定には経験とメンタル・シミュレーション(想像力)が重要とされる。
また、一気に結論に達する"適応的無意識"という脳の働きもあるという。
dual-process theory/cognitive continuum theory
医療における思考過程においても、非分析的な直感的思考プロセスが用いられていることがわかっており、これは従来から考えられていた分析的思考プロセスと一対になった重要なプロセスである(dual-process theory)。非分析的、分析的思考プロセスは対立し完全に分離しているものではなく、連続、あるいは統合されており(cognitive continuum theory)、優秀な問題解決者は非分析的プロセスと分析的プロセスのコーディネーターである(図1)。つまり、直感を働かせながら、状況に応じて分析的にも考えることができる。
前者はパターン認識、後者は仮説演繹法であり、多くの場合パターン認識で非分析的に即座に診断、つまり一発診断し、それでうまくいかないときに仮説演繹法に移行して、分析的に診断するプロセスが開始される。
プライマリ・ケアの診療現場はいつも不確実
とは言うものの、プライマリ・ケアの最前線の臨床では、実はいつもそううまい具合にクリーンヒットして診断、マネジメントができるわけではない。それは、次のような理由によっており、われわれプライマリ・ケア医は常に悩みながら診療を続けているのが正直なところである。
・必要な情報は時間をかけて収集され、最初からは利用できない
・問題がダイナミックで、解決のプロセス中に変化する
・問題解決法はその状況に特異的で、一般化できないことが多い
・問題がいつ解決されたのか不明確であり、いつ解決のための追求をやめるか、決断に迫られる
・完全な情報収集ができる前に、治療を開始することも多い
・患者が、完璧で正確な情報を提供してくれるとは限らない
・患者は診断がつかないまま治療され、治っていくこともある
病歴・身体診察を駆使してワンセンテンス・サマリーをつくる
そんな不確実で忙しい外来を、一発診断は、良質で効率の良いものにする。その鍵は、患者さんの病歴、身体診察からキーワードを拾い上げ、それを使って患者さんの状況を適切に表現する(問題表象)ワンセンテンス・サマリーをつくることである。そうすれば、自分の頭の中に蓄積されている病気のシナリオ(illness script)に、即座に合致させることができる(図2)。
病気のシナリオを持っていない場合には、キーワードでGoogle検索してもよい。NEJMのケースでキーワードをGoogle検索したところ、60%で正診が得られたという研究もある。
病歴聴取で特に重要なのは、症状の特徴をとらえるための次の七つの質問である。
(1)いつから、(2)どこが、(3)どのように、(4)どの程度、(5)どんな状況で、(6)どうすれば良くなる/悪くなる、⑦他の症状は。
これを、OPQRST(O Onset;発症形式、P Provocation/Palliation;誘因・寛解、Q Quality;性状、R Radiation/Related symptoms;放散・関連症状、S Site/Severity;部位・重症度、T Timing;経過)で覚えておくと良い。
陥りやすい認知心理を理解して一発診断
人は、常に合理的に思考しているとは限らない。一発診断をする際には、このことに気をつけておかねばならない。忙しいとき、疲れているとき、いらいらしているとき、患者さんに対して何らかの陽性・陰性感情を抱いているときなどに、われわれは非合理的な思考をして誤診してしまう。
次のような認知心理が働く場合があることを、理解しておくべきである。
・Visceral bias(本能的バイアス)
患者に対して陽性・陰性感情を持ち、それが決断に影響を与える
感情が乱されたときには、いい決断ができない
・Anchoring(投錨)
診断早期に、現症の特殊な点に固執してしまう
初期に得られた情報だけに、重きを置いて考える
一度診断がつけられると、変更が困難となる
・Premature closure(早期閉鎖)
早々に考えることをやめてしまう
特別な診断を確信させたり、anchoringが起きるとき生じる
特に疲れているとき、勤務が不規則なときに起こりやすい
・Confirmation bias(確証バイアス)
仮説を棄却するような反証的な根拠よりも、仮説を支持するような確証的な根拠をさがそうとする
一つの反証的な根拠は、10個の確証的根拠に匹敵することを忘れないこと
・Framing effect(枠組み効果)
既往歴、臨床状況、過去の診断名、その他の文脈の要素に基づき問題が認識されたり、枠組みが提示されて(どの診療科で診療しているか、あるいは自分が何の専門家か、など)診断候補を決める傾向がある
誤診を防ぐ12の秘訣
最後に、以下の教訓を心に留めて、日々の臨床に臨みたい。(1)ヒューリスティック(陥りやすい認知心理)をはっきりと認識し、それがどのように臨床思考過程に影響するか知ろう
(2)'診断的タイムアウト'を取ろう
(3)'ワーストケースシナリオ診療'を実践しよう
(4)よくある問題に、システマティックなアプローチをしよう
(5)なぜ、と訊こう
(6)病歴と身体診察の価値を再認識しよう
(7)臨床評価をし、早期閉鎖を避ける方法としてベイズの定理を使おう
(8)患者によって、自分がどのような気持ちにさせられているのか認識しよう
(9)暫定診断に合致しない、データを探すようにしよう。'説明できないものは何か'、と訊ねよう
(10)シマウマ(まれな疾患)も、鑑別に含めておこう
(11)ペースを落とそう
(12)自分自身のミスを認めよう