医科2014.03.08 講演
糖質制限食の有効性と安全性 〜糖尿病・動脈硬化・癌・肥満と糖質制限食〜
京都市・高雄病院理事長 江部 康二先生講演
1.血糖値を上げるのは糖質だけ(3大栄養素と血糖値)
米国糖尿病学会(ADA)によれば、食べ物が消化・吸収されたあと、糖質は100%血糖に変わりますが、タンパク質・脂質は血糖に変わりません(表1)。また糖質は、摂取直後から急峻に血糖値を高く速く上昇させ、2時間以内にほとんどすべてが吸収されます。これらは含有エネルギーとは無関係な三大栄養素の生理学的特質です。1997年版のLife With Diabetes(ADA)では、「タンパク質は約半分が血糖に変わり、脂質は10%未満が血糖に変わる」という記載がありましたが、2004年版では変更されています。このように糖質、脂質、タンパク質のうち糖質だけが血糖値を上昇させます。従って、糖質を摂取した時にはインスリンが大量に追加分泌されます。脂質を摂取しても、インスリンの追加分泌はありません。タンパク質はごく少量のインスリンを追加分泌させます。
2.食後高血糖と平均血糖変動幅
現在糖尿病において、食後の急激な高血糖(グルコーススパイク)が大きな問題として注目されています。食後高血糖が、心筋梗塞や脳梗塞などの合併症を起こす危険因子として確立されたからです。また一日における、食前・食後・空腹時など、血糖値の変動幅(平均血糖変動幅)が大きいほど、酸化ストレスが増強し動脈硬化のリスクとなることがわかってきました。そして、食後高血糖と平均血糖変動幅増大を起こすのは、三大栄養素のなかで糖質だけなのです。従って糖質を摂取しなければ食後高血糖は生じず、血糖値はリアルタイムに改善します。一方カロリー制限をしても糖質を摂取すれば必ず食後高血糖を生じます。図1は28歳女性、2型糖尿病患者の同一カロリーでの従来食(糖質60%)と低糖質食(糖質12%)の日内変動の比較です。
3.糖質制限食の実際
糖質制限食の基本的な考え方は、上述のような生理学的事実をベースに、できるだけ糖質の摂取を低く抑えて、食後高血糖を防ぐというものです。簡単に言えば、主食を抜いておかずばかり食べるというイメージになります。抜く必要がある主食とは米飯・めん類・パンなどの米・麦製品や芋類など糖質が主成分のものです。
3食主食抜きのスーパー糖質制限食(糖質12%、タンパク質32%、脂質56%)なら、薬に頼ることなく速やかにリアルタイムで良好な血糖コントロールが可能です。1回の食事の糖質の摂取量を10〜20g以下にします。間食は1回の糖質量5gまでとし、1日2回までです。糖質制限食で高血糖は改善しますが低血糖にはなりません。肝臓でアミノ酸などからブドウ糖を作る(糖新生)からです。
あと、昼だけ少量の主食を食べて、朝と夕は抜きのスタンダード糖質制限食、朝と昼は少量の主食を食べて夕は主食抜きのプチ糖質制限食があります。
糖尿病の人には、食後高血糖が1日を通して生じないスーパー糖質制限食がお勧めです。ダイエット目的ならスーパー糖質制限食を2週間ぐらい実践して、あるていど体重が減少したら、スタンダードやプチで維持するというパターンもあります。
従来の糖尿病食のような厳しいカロリー制限をする必要はありませんが、糖質制限食はカロリー無制限ということではありません。厚生労働省のいう一般的な標準摂取カロリーの範囲、すなわち身体活動レベルが低い人は男性は1850〜2250キロカロリー/日、女性は1450〜1700キロカロリー/日くらいが目安です。
写真1は約500キロカロリーでそろえた、従来の糖尿病食とスーパー糖質制限食の比較です。
4.糖質制限食の普及
米国糖尿病学会が、Diabetes Care 2013年10月9日オンライン版に成人糖尿病患者の食事療法に関する声明を発表して、全ての糖尿病患者に適した「唯一無二の食事パターン」は存在しないとの見解を表明しました。これは1969年の食品交換表第2版以降「カロリー制限食」という「唯一無二の食事パターン」を推奨し続けている日本糖尿病学会への痛烈な批判となっています。そして、患者ごとにさまざまな食事パターン〔地中海食、ベジタリアン食、糖質制限食、低脂質食、DASH(Dietary Approaches to Stop Hypertension)食〕が受容可能であるとしています。
つまり米国糖尿病学会は、すでに糖質制限食を公的に受容しているのです。
5.糖質制限食を実践する時の注意
糖質制限食によりリアルタイムに血糖値が改善します。このため、すでに経口血糖降下剤の内服やインスリン注射をしておられる糖尿病の人は、低血糖の心配がありますので必ず主治医と相談していただきたいと思います。血液検査で、活動性の膵炎がある場合、肝硬変の場合、そして長鎖脂肪酸代謝異常症は、糖質制限食は適応となりませんのでご注意ください。糖質制限食は相対的に高脂肪食になるので、活動性膵炎には適応とならないのです。肝硬変では、糖新生能力が低下しているため適応となりません。長鎖脂肪酸代謝異常症では、脂肪酸がうまく利用できないので、適応となりません。