医科2014.03.15 講演
[保険診療のてびき] 生活習慣病と認知症
元・兵庫医科大学内科学総合診療科主任教授 現・西宮協立脳神経外科名誉院長 立花 久大先生講演
はじめに
超高齢化への人口推移とともに認知症患者も増加の一途をたどり、大きな社会問題となっております。認知症の原因疾患としてはアルツハイマー病(AD)が最も多く、次に血管性認知症(VD)、レビー小体型認知症(DLB)と続きます。認知症の根本的治療法は現在のところありませんが、進行を遅らせるためには早期の発見と介入が重要であります。
そのためには、認知症の前段階である軽度認知障害(mild cognitive impairment、MCI)の段階で把握する必要があると考えます。近年認知症の危険因子として高血圧、糖尿病、脂質異常症、メタボリック症候群などのいわゆる生活習慣病が注目されています。
そこでそれらの疾患と認知症との関係について述べてみたいと思います。
1.認知症の危険因子
ADとVDには共通の危険因子、共通の遺伝子多型、病理学的所見の併存がみられ、また脳卒中はADの増悪因子ともなりえます。すなわち、ADでは約3〜4割に脳梗塞が合併し、脳卒中が発症と重症度に影響を与えます。また糖尿病、高血圧、高コレステロール血症などの血管性危険因子が発症に関与します。さらにADにはアミロイドアンギオパチー、微小梗塞、出血、白質病変などの血管病変を伴うなどがあります。一方、VDでは患者のβ42アミロイド総量は75歳以上のAD患者に匹敵し、患者の髄液タウ蛋白量は増加しているなどが報告されています。このような報告から高血圧、糖尿病、脂質異常症などのいわゆる生活習慣病とされる血管性危険因子は認知症の危険因子ともなり、因子を多く持つにつれ、認知症の発症リスクが高まることが指摘されています。
2.生活習慣病と認知症
1)高血圧中年期(40〜65歳)の高血圧は、高齢期(65歳以上)の認知症ないしはADの危険因子になるとされ、そのため積極的な治療が進められています。Syst-Eur、HYVETでは、降圧療法による認知機能低下抑制作用が示されています。
ただ高血圧の影響は年齢により異なり、高齢期の高血圧と認知症との関係については明確にはなっていません。
2)糖尿病
疫学的横断研究では、糖尿病患者ではADの有病率が高く、MMSEや時計描画検査の成績が悪いことが報告されています。また疫学的縦断研究では、糖尿病患者ではADのリスクが2倍高く、5年以上の経過を有する群では5年以下の群よりもADの発症リスクが高いとされています。経口血糖降下剤服用患者ではリスクが高く、インスリン治療患者ではさらにリスクが高いと報告されています。
以上のような成績から、糖尿病は認知症の危険因子であり、特に中年期においては厳密な治療を要すると考えられています。
3)脂質異常症
脂質異常、特にコレステロールと認知症については多くの報告があります。
動物実験では高コレステロール食で脳内アミロイド蛋白が増加し、一方、スタチンは脳内アミロイドを減少させることが報告されています。また疫学的観察研究ではスタチンはADのリスクを軽減させるとの報告もあります。
多くの観察研究では中年期の高コレステロール血症が高齢期のADの危険因子にもなっており、中年期の脂質異常症にはスタチンによる血清脂質の厳格なコントロールが望ましいと思われます。一方、高齢者では高コレステロール血症とADとの関係は明確ではありません。
4)メタボリック症候群
肥満、HDL−コレステロール低値、中性脂肪高値、高血糖とも構成因子を多く有するほど認知症になりやすいと報告されています。
3.認知症の治療
1)危険因子の管理AD、VDの危険因子である高血圧、糖尿病、脂質異常症、メタボリック症候群、喫煙、運動不足、うっ血性心不全の管理は認知症予防の上で重要です。血管性危険因子の管理により認知機能低下の抑制効果が報告されています。降圧剤やスタチンは脳卒中予防効果のみでなく、認知症予防効果も期待できると考えます。
各種介入による認知症発症率減少効果をみると、地中海料理、少量から中等量の飲酒、魚や緑菜の習慣的摂取、抗酸化ビタミンの摂取などでその効果が報告されています。ただし現在のところ特定の栄養素、食物、あるいは食事パターンが認知症の発症予防、進行抑制を示す確定的な結果は得られておりません。
2)ADの治療
薬物療法、心理社会的配慮、リハビリテーションの他、病院・施設・グループホーム・訪問看護などのハード面での整備も重要です。
薬物療法としては、従来用いられてきたコリンエステラーゼ阻害剤であるドネペジルの他、近年同様のコリンエステラーゼ阻害剤であるガランタミン、リパスチグミン、さらにNMDA阻害剤であるメマリーの3種類の薬剤が使用されるようになっています。軽度の症例ではコリンエステラーゼ阻害剤をまず使用しますが、中等度ではメマリー、コリンエステラーゼ阻害剤のいずれかあるいは両方を用いることができます。イライラ、焦燥感が見られる患者ではメマリーから、自発性低下が目立つ症例ではコリンエステラーゼ阻害剤から使ってみるのがよいかもしれません。
3)VDの治療
VDの前段階として血管性軽度認知障害という状態があります。いかに早期に血管性危険因子を是正できるかが認知症の進行速度に強い影響を及ぼすと考えられます。
VDの意欲・自発性低下についてはニセルゴリン、アマンタジンが保険適用となっており使用を考慮してよいでしょう。VDに対してコリンエステラーゼ阻害剤は有効との報告もありますが、現在のところ確立されておらず、日本では保険適用薬としては承認されていません。
おわりに
認知障害の発症には脳卒中、糖尿病、炎症、脂質異常症、高血圧、アポE蛋白、アミロイド班、タウ蛋白、シヌクレイノパチーなどが関与しているとするDynamic Polygon Hypothesisが提唱されています。血管性危険因子とされる高血圧、糖尿病、脂質異常症、メタボリック症候群などの生活習慣病の管理は、認知症発症ならびに進行抑制に有効である可能性があります。従ってこれらの因子のコントロールは早期から積極的に施行すべきと考えられます。
(3月15日 神戸支部研究会より)