医科2014.06.07 講演
[保険診療のてびき] 在宅医療がどこに向かおうとしているか
中央区・ろっこう医療生協東雲診療所 所長 小西 達也先生講演
1.社会保障・税一体改革(図1)
2011年8月に「社会保障・税一体改革成案」が示され、「施設から地域へ、医療から介護へ」とうたわれました。北欧型福祉社会を目指すのかと勘違いしそうになる見出しですが、残念ながら正反対です。「施設から地域へ」は、在宅ケアを充実させるということではなく、税金のかかる老健や特養などの施設はこれ以上建設せず、サービス付き高齢者住宅(サ高住)や高齢者版シェアハウスのようなものを民間でつくり、地域で何とかしなさい、ということです。
「医療から介護へ」は、胃瘻患者に手厚いケアで経口摂取再開の努力をするような介護の充実ではなく、医療保険の訪問診療は費用がかさむのでハシゴをはずして縮小し、介護保険の訪問看護を強化して、医師ではなく看護師を在宅医療の主役にして安く済ませなさい、ということです。おまけに自己負担を2割にして利用抑制を狙い、互助という言葉を持ち出して、格差医療・格差介護はやむを得ないと開き直っています。
2.2014年度改定に示された一体改革方針
ポイントは、(1)病院・病床の機能分化、(2)受け皿整備の推進、(3)在宅医療の推進、(4)在宅医療の「適正化」、(5)外来医療の機能分化の5点です。2−(1) 病院・病床の機能分化
2006年導入の7:1病棟を、現状の36万床から2025年には22万床へ削減、また亜急性期病棟は地域包括ケア病棟に転換させ、回復期リハビリテーション病棟とともに、在宅復帰機能強化加算で在宅復帰率50%を強制しています。2−(2) 受け皿整備の推進
亜急性期病院の地域包括ケア病棟への誘導、また小病院の在宅支援有床診療所への誘導です。病床削減による医療費削減のみならず、在宅ケアの悪化時の受け皿を地域包括ケア病院や有床診にして、高度医療から高齢者を締め出そうとしています。麻生副総理の「早く死ぬように」発言が現実味を帯びてきました。2−(3) 在宅医療の推進
内容は在宅医療の推進ではなく効率化です。訪問看護では、機能強化型訪問看護管理療養費の新設で訪問看護ステーションの24時間対応と重症対応を評価しています。訪問診療で医師に求めているものを訪問看護に移行しようということです。医療・介護総合法案の保健師助産師看護師法改正案では、看護師の「特定行為」として、褥瘡のデブリードマン、動脈血採血、挿管、在宅患者の死亡確認、緩和ケア薬剤の選択と投与など、かなり踏み込んだ内容が検討されました。アメリカにナースプラクティショナーという臨床医と看護師の中間的な資格がありますが、それを想定しているようです。
調剤では、24時間調剤や在宅業務体制を整えれば、基準調剤加算が引き上げられます。将来は電話1本で在宅患者に薬を配達させるのでしょうか? また、薬局の一元化(かかりつけ薬局)を誘導しています。一元化で医療費を削減できるだけでなく、かかりつけ医による処方の一元化を促す効果もあります。
訪問診療については、強化型以外でも24時間対応の在宅療養支援診療所で、往診や看取りの実績を評価するプラス改定がありました。一方、訪問診療に係る同意書という新しい規則が持ち込まれました。介護保険実務での同意書の重要性を考えれば、訪問診療の介護保険への移行を示唆しているのかもしれません。要介護以上が訪問診療要件とか、医療での訪問診療は急性増悪とターミナルに限定などの制限も考えられます。
2−(4) 在宅医療の「適正化」
「在宅不適切事例の適正化」と銘打って、同日同一建物への在宅時医学総合管理料の大幅引き下げが実施されました。兵庫県でも大手サ高住からの医師会未加入診療所廃院による撤退が問題となりました。県医師会が厚労省などと懇談会を持ちましたが、ブラック企業もどきのサ高住経営側と自称在宅医アウトサイダーとの不適切な関係にメスを入れるのは当然として、真摯に取り組んでいる大多数の在宅医療機関の経営に大きなマイナスとなっていることこそ問題です。筆者はサ高住や施設系への訪問はしていませんが、復興住宅(同一建物)に複数の訪問診療患者を抱えています。やむなく曜日を変えて訪問しており、不合理さに怒りを覚えます。政府・厚労省は集合住宅や施設入居者への医療計画をきちんと示すべきです。
2−(5) 外来医療の機能分化
地域包括診療加算の算定要件という形で「厚労省によるかかりつけ医師モデル」を医師(会)と国民に投げかけたものとなっています。慢性疾患の管理、全ての内服薬の把握、在宅医療の実施、介護との連携(多職種連携)など、明らかに欧州型GP(総合診療医)を意識した提案です。OECDは「健康増進のための最も費用対効果が高い方法は、GPによるプライマリケアである」と述べています。デンマークでは、全国民は居住地域毎に数名のGPの中からマイGPを選択・登録しています。健康問題はまずGPに相談し、紹介状がなければ専門医への受診ができません。GPは年収制であり、自分の登録患者に問題が生じないように予防や健康増進に熱心となり、費用対効果が高くなります。ちなみにイギリスでは全医師に占めるGPの割合は32%です。
3.医療・介護総合法案の在宅医療関連事項
介護サービスの自己負担を2割にすること、介護認定の要支援者に対する予防給付を地域支援事業に見直すこと、特別養護老人ホームへの入居を要介護3以上に変更することなどで、介護難民が地域にあふれると予想されます。高齢独居者への対応に忙殺されて在宅医療が縮小に追い込まれるかもしれません。4.在宅医療はどこへ
千葉県柏市の「行政と医師会の協働による在宅医療の推進と医療介護連携」が地域包括ケアシステム構築へ向けた厚労省のモデルケースとして紹介されています。国は予算を出さないから、地域の病院・医院・介護事業所が、より連携し、創意工夫で何とかしなさいということです。柏市の副主治医制は、うまく機能すれば在宅主治医の負担軽減となりますが、つまるところ、将来は地域包括ケア支援病院の医師チームに休日夜間をカバーさせようということでしょう。厚労省の言う総合診療医は、まさにこの地域包括ケア(支援病院)を担う日本版GPなのでしょう。ほかにも図2のような在宅医の負担軽減対策が打ち出されており、当面、在宅医のしんどい部分を訪問看護とかかりつけ薬局がサポートしてくれることとなります。
2025年には地域包括ケアとして、医師の業務は看護師へ、看護師の業務は介護職へ、介護職の業務はボランティアへと、医療介護の「合理化」、言い換えれば、社会保障の後退が実現し、一方で、医療介護分野での民間企業の参入が始まっているのでしょうか?(図3)
筆者は在宅医療を、「住み慣れた自宅で尊厳をもってその人らしい人生を最期まで過ごす」ことをサポートしたいと始めました。効率性を求めることすべてに反対はしませんが、安上がりな医療・介護のために、人間らしい暮らしを奪われることがないよう、いのちの最前線にいる私たち医師の真価が問われる時代になりました。
(6月7日 神戸支部会員懇談会より)