医科2014.06.28 講演
[保険診療のてびき]栄養サポートチーム(NST)における漢方治療の実際
〜えっ、こんな時にも使えるの〜
宝塚市・ありしま内科 有島 武志先生講演
Ⅰ.はじめに
栄養サポートチーム(nutrition support team;NST)は、チーム医療の実践形態の一つとしてわが国に定着しつつある。さまざまな職種が集うNSTは、新しい医療の可能性を示す場として期待が高まり、一定の効果は得られている。しかし、十分な病状改善が得られず、治療に難渋することも少なくない。そのような場合に、漢方治療を積極的に取り入れることで効果が得られる場合がある。Ⅱ.NSTの目標と利点
NSTの主な目標は、(1)患者の栄養状態を評価し、栄養管理が必要か否かを判定する、(2)適切な栄養管理が無駄なく行われているかのチェック、指導、提言を行う、(3)患者の早期退院や社会復帰を助け、QOLを向上させることである。NSTの利点は、治療への有益性である。具体的には、早期に経口栄養に移行することで在院日数が短縮する。消化管運動促進により代謝が促され、免疫機能が向上することにより合併症や感染症の予防効果が期待できる。また"食べる"という人間の根源的な欲求を回復しうる。食べ物を舌で味わうことで患者さんに生きる喜びをもたらし、治療効果向上へとつながることが期待できる。
Ⅲ.NSTに漢方治療が必要な理由、主な対象疾患
人類は元来飢えとの戦いの時期が長かったが、漢方治療はその中で培われてきたため、消化管機能低下時や飢餓状態に対しての対応は得意であると言える。実際のNSTでの対象疾患は、主に栄養不良、褥瘡、重症感染症等であり、そのような症例に漢方治療は積極的に応用できると考える。また、現代医学では説明不可能な症状にも対応可能である。Ⅳ.症例提示
(症例1)アルコールの過剰摂取を背景に下痢が続き、摂食不能に陥って救急搬送されてきた。来院時体重は29㎏、著しいるいそうと脱水を認め、身体所見は悲惨な状況だった(図1)。入院後、補液を行い脱水は改善したものの慢性の水様性下痢が持続し、低残渣食を開始したが腹痛が出現、下痢も悪化したため中止となった。慢性的に続く下痢が持続し、食物が排出されてしまうため経口栄養が困難であった。NSTで検討後、整腸剤や成分栄養剤が投与されたが腹痛や下痢は一向に改善しない。西洋医学的に決め手となる治療が見出せない中、漢方治療が考慮された。漢方医学的には、腹力虚で腹壁は薄くベニア板状、心窩部に痞(つかえ)があり典型的な人参湯の証を示していた。
人参湯を7.5g/日分3で投与を開始したところ、腹痛も起きずに服用することができ、翌日には下痢が改善傾向をみせ始めた。40病日には低残渣食再開し、60病日には下痢が数日に1回程度に減少し体重も35㎏にまで増加。その後も食事量は順調に増え、褥瘡も治癒。入院5カ月後には栄養状態も改善して体重は42㎏を超えた(図1)。歩行訓練も可能となりリハビリ病院へ転院となった。下痢による摂食困難を漢方薬で改善できる可能性を示した1例だと思われる。
(症例2)脳梗塞に痔瘻、褥瘡、強い貧血がみられた74歳男性は、十全大補湯の併用で濃厚赤血球やエリスロポエチン製剤の投与が不要となり、皮膚症状や栄養状態も改善した。
(症例3)慢性感染症で人工呼吸器管理となった71歳男性は、補中益気湯併用2週間で栄養状態が改善し、易感染を脱した。
(症例4)心疾患改善後に食欲不振となり、精神不安状態を呈した87歳の女性は、六君子湯投与開始の翌日から食欲が回復し、3日後には病院食を全量摂取するまでになった。
Ⅴ.漢方治療の利点
NSTでは主に補剤を栄養療法の併用薬として選択し、難治性の感染症など管理が難しい例に積極的に使用できる(表)。補剤の利点は消化吸収能を高めることで、すべての作用のベースがそこにあると思われる。もう一つ、漢方薬の他の治療薬にはない有益な点に、皮膚病変への効果がある。例えば十全大補湯にみられる皮膚再生効果は、褥瘡や感染症による瘻孔形成を呈する例が多いNSTの現場で極めて有用となる。
通常のNSTのみで対応できない例は、決して少なくないが、そこに漢方治療を加えることで治療効果は高まる(図2)。すなわち生体の恒常性の乱れを修復することにより、種々のストレスに対する生体防御機能を回復させ、治癒促進を図ることが可能となる。
とりわけ、個々の状態に合わせて処方選択ができる点は有益で、十全大補湯を使いたいが胃腸症状があるという例なら、まず補中益気湯で胃腸を整えることから始めていくという柔軟な方法も可能である。さらに、六君子湯など機序が明らかな漢方薬の登場で患者の漢方治療への理解が向上し、服薬意欲も高まる。経管投与する場合にも錠剤などと比べ利便性が高い。患者満足度も自ら意思を伝えられない重症者などで、食欲や症状の改善がはっきりみえてくる漢方治療では患者と治療者の満足度がほぼ一致する。NSTはまさに漢方的アプローチが有効な領域そのものではないかと感じる。
Ⅵ.今後の展望〜在宅医療への応用の可能性〜
在宅医療の対象となる高齢者においては、「食事はとれているのか?」「眠れているのか?」「便は出ているのか?」といった人間の基本的活動が満たされているかどうかが特に重要である。NST同様、在宅医療においても栄養管理を含めた漢方治療の果たせる役割は大きいと考えられる。漢方は現代医療とは異なった視点を持つ医学体系を有し、現代医学が不得手とする領域にも幅広く対応し得る。これからの医療は現代医療と漢方医療がうまく融和した新しい医療が必要であると考えられる。
(6月28日 西宮・芦屋支部漢方研究会より)