医科2014.08.25 講演
100mSv 問題と甲状腺がん [診内研より]
岡山大学大学院 環境生命科学研究科 教授 津田 敏秀先生講演
2014年5月19日に福島県県民健康管理調査検討委員会が開催され、2011年3月11日時点で18歳以下であった対象者における、2014年3月31日現在の甲状腺がんの症例数が発表された。2011年度分の福島第一原発に最も近く多くの住民が避難している地域、さらに2012年度分の中通り地域を、中通り北地区(福島市・桑折町・国見町)、中通り中地区(二本松市、本宮市、大玉村、三春町)、郡山市、中通り南地区(白河市・西郷村・泉崎村・天栄村)の四つの地区に区分し、加えて2013年度分のいわき市およびいわき市以外の福島県南東部地区で二次検診の受診割合が70%を超えた市町村を、2013年度分の相馬市、新地町、会津地域で二次検診の受診割合が70%を超えた市町村を比較対照として、分析した。
福島第一原発に最も近い市町村(2011年度分)の受診者41,981名中14例の甲状腺がん症例(13例が手術後確定)、それに続く2012年度分の市町村の受診者140,946名中54例の甲状腺がん症例(36例が手術後確定)が観察されている。2013年度分は、受診者112,584名中21例の甲状腺がん症例(2例が手術後確定)が観察された。
この甲状腺がん症例の有病割合を甲状腺がんの15歳から19歳における全国発生率100万人に5人(1975年から2008年)や15歳から24歳における全国発生率100万人に11人(1975年から2008年)と比較した。検診により発見されたがん症例の割合は厳密に言うと有病割合なので、感度分析をおこない、平均有病期間を3年、4年とわりあて、全国発生率と比較して発生率比を推定して外部比較をおこなった。(表1,2)
なお、この全国発生率は高めに設定してあるので、結果として発生率比を過小評価することになる。
この外部比較に加えて、内部比較として2013年度分の相馬市、新地町、会津地域で二次検診の受診割合が70%を超えた市町村の有病割合を基準にして、2011年度対象地域、中通りの2012年度対象地域の4地区:中通り北、中通り中、郡山市、中通り南、さらにいわき市、およびいわき市を除く福島県南東地区の二次検診の受診割合が70%を超えた地域の七つの地域・地区の有病割合を比較して有病オッズ比とその95%信頼区間を推定した。(表3)
この内部比較における多発の程度の推定では、従来から問題となっているスクリーニング効果は除外できていることになる。
平均有病期間を3年、4年と割り当てた発生率比(外部比較)と有病オッズ比(内部比較)を見ると、2012年度分のうち、二本松市(5例)、本宮市(3例)、大玉村(2例)、三春町(1例)から構成される中通り中地区の発生率比(および有病オッズ比)の高さは際立っており、2011年度分の福島第一原発に最も近い市町村の推定発生率比(および有病割合)を上回った。また、郡山市と中通り南地区も2011年度分の福島第一原発に最も近い市町村の発生率比(および有病割合)を上回った。
甲状腺検診による甲状腺がんの有病割合は、チェルノブイリで非曝露対象者(事故後に受精した出生者および非曝露地域の若年者)70,455人中、1人であった。これらの結果は、スクリーニング効果が限られたものであることを明瞭に示している。なお、当時の甲状腺エコーの性能と今日の甲状腺エコーの性能の違いでこれを説明する立場もあるようだが、今回の検診で二次検診に回されるB判定の判断基準レベルで判定に影響を与えるほどのエコーの識別性能の違いは、1990年代、2000年代、そして現時点ではあまりないと考えるのが妥当であろう。
チェルノブイリでは、甲状腺がんの顕著な増加がみられた事故の4〜5年後以前に、ベラルーシ側、ウクライナ側の両方で、すでに1〜2年後には症例数が増加し始めた。そして、チェルノブイリの事例では事故後4〜5年で甲状腺がんの明瞭な本格的アウトブレイクが生じた。現在のところ、このような多発とそれから生じる事態に対して準備することを否定する理由は何もない。事故当時19歳以上だった対象者に関しては、甲状腺がん症例の把握が現在行われていないので、症例把握を開始しなければならない。同様に、中通り北地区と南地区において甲状腺がんの有意な多発が観察されたため、その北側と南側に隣接する県における症例把握が検討されるべきである。さらに、空間線量の増加による影響が否定できないので、妊婦、乳児、幼児、小児と年齢若年順位で、実現可能な放射線防護対策の検討がなされるべきである。