医科2015.05.16 講演
高齢者診療において身体診察を強力な武器にするためのエビデンス[診内研より482]
洛和会丸太町病院(京都市)救急・総合診療科 医長 上田 剛士先生講演
高齢化社会、高齢化社会と言われ、日本では老年医学が大変重要となってきています。ところが、日本で現在出版されている医学書を調べると、小児科の書籍と比べ老年医学の書籍は3分の1〜4分の1程度の数しか出版されていません。ましてエビデンスに関連した書籍はほとんどないのが現状です。今回は専門医でなくても全身を診ることができるように「高齢者診療において身体診察を強力な武器にするためのエビデンス」をご紹介いたします。
高齢者は発熱しにくくなりますが、普段の体温と比べることで発熱かどうか判断しやすくなります。そのため健康なときの体温も記録をつけておくと役立つことがあります。高齢者では悪寒戦慄がある場合には菌血症のリスクが若年者よりもさらに高いため、緊急での対応が必要です。菌血症の原因としては尿路感染、胆道感染、肺炎が多いです。
肺炎に関しては発熱、咳、呼吸困難、胸痛などは高齢者のほうが認めにくいですが、痰は高齢者でも比較的認めやすく、診察時の痰の絡みには注意します。また頻呼吸は高齢者のほうが認めやすいため、肺炎の検出に役立ちます。肺結核は咳、痰、発熱、喀血は高齢者で認めにくいですが、消耗(体重減少、食欲低下)や、呼吸困難は高齢者のほうが認めやすい特徴があります。そのため高齢者の持続する微熱・倦怠感では、胸部単純写真を撮像することをお勧めします。インフルエンザは高齢者では発熱や咳がなく、筋肉痛や倦怠感で発症することがあるため注意が必要です。
高齢者の尿路感染は尿検査だけでは分かりづらく、尿路感染として扱われた症例の半数近くは尿路感染ではなかったという報告があります。高齢者では検査所見に頼るのではなく、脊椎肋骨角の叩打痛が診断に非常に重要となります。尿路感染の際には、残尿が多くないかは確認しておきたい項目ですが、恥骨上の聴性打診が残尿の診断に役立ちます(図1)。
急性腹症では、老いも若きも腹膜炎や虫垂炎は多く、高齢者ではそれに加え胆道系疾患、腸閉塞は高頻度です。また血管系疾患と悪性腫瘍は忘れてはならない疾患です。一方産婦人科疾患はまれです。高齢者では反張痛はあまり認めず、受診が遅れるため腹部全体が痛み腹部硬直が出現していることが多いです。腹部身体所見をとる時には表情にも注意すること、四肢も硬くないか確認すること、寝たきりの場合は咳試験を試みること、圧痛が広範な場合は胸壁の圧痛を確認したり気をそらさせる、などの工夫が有用と思われます。
胆道感染は右上腹部痛で発症する高齢者は比較的少なく、嘔吐、心窩部痛で発症したり、突然の高熱で発症します。総胆管結石・胆管炎が多いため、Murphy徴候だけではなく、肝叩打痛も併用します。高齢者に多い閉鎖孔ヘルニアでは靴の裏のゴミを見るような肢位(Howship-Romberg徴候)が診断に有用です(図2)。
またS状結腸捻転は左下腹部が空虚となることがあります。腹部大動脈瘤は高齢・男性・喫煙者が3大リスクで、拍動性腫瘤を意識して触診することが大切です。
肺野の聴診では、肺底部にcracklesを聴取することは高齢健常者でもあります。そこで目安として1吸気で2回までのcracklesは正常、2回を超える場合に異常とみなすのが簡便でよいと考えられます。往診の場などでは、シャツの上からの聴診もやむない場合もありますが、その場合は500gぐらいの圧をしっかりとかけて聴診をすることで音の喪失を防ぐことができます。
高齢者の収縮期雑音で重要性が高い二つは大動脈弁狭窄と僧帽弁閉鎖不全だと思います。特に失神や狭心症、心不全徴候があるときに大動脈弁狭窄は必ず除外しなければならない弁膜症です。大動脈弁狭窄の診断には収縮後期にpeakがある雑音を確認することが大切です。
心不全では起座呼吸や下腿浮腫が認められますが、診断特性は高いものではありません。両側性cracklesは心不全で認めやすくwheezeは肺疾患で認めやすいですが、心臓喘息というように心不全でもwheezeは聴取しうることに注意が必要です。診断に有用性が高いのは頸静脈怒張とⅢ音です。特に頸静脈怒張は診察もさほど難しくなく、治療経過としても重要性が高いため、ぜひとも習得したい診察技術です。
肺気腫は打診と触診で滴状心となっていること、Hoover徴候で横隔膜が平底下していること、気管短縮で過膨脹があることが身体所見で分かります。また吸気早期のcracklesは重症の肺気腫を示唆します。
脱水となると舌乾燥と舌の縦皺が出現します。腋窩乾燥を伴えば特異性が高い所見です。一方、皮膚ツルゴール低下やCapillary refill延長の有用性は限られています。
血圧は頭蓋内病変の推測に重要です。血圧が160-180mmHg以上ならば頭蓋内病変の可能性が高くなります。脈拍数が低ければなおさらです。一方、ショック状態の頭蓋内疾患は非常にまれです。
高齢発症の頭痛で発症する片頭痛はまれです。慢性硬膜下血腫は非特異的な症状で発症し得ますが、聴性打診が診断に有用です。
特発性正常圧水頭症では小刻み歩行が見られますが、パーキンソン病とは異なり、幅広でがに股となります。
レビー小体型認知症はパーキンソン病と一連の疾患ですが、前者は認知症状が主徴候で、後者はパーキンソニズムが主徴候です。両者とも幻視を認めうることが他のパーキンソニズムとの鑑別点として重要です。これらの幻視はありありとした幻視で本人は落ち着いていることが多いとされます。
Barre試験を努力不足で評価できない場合などには腕回し試験が有用です。
大腿骨頸部骨折には聴性打診が有用です。脊椎圧迫骨折には肋骨骨盤の間が2横指以下だったり壁と後頭部がつかないことが診断に有用です。