医科2016.01.23 講演
帰してはいけない小児外来患者[診内研より485]
東京都府中市 崎山小児科院長 崎山 弘先生講演
「また明日受診してください」と指示をして帰宅させると、そのまま死に至るか重篤な後遺症を残す危険性のある「死の合図に該当」する疾患があります。〈し〉心筋炎・心筋症、〈の〉脳炎・脳症・脳腫瘍、〈あ〉アッペ(急性虫垂炎)、〈い〉イレウス(腸重積、ヘルニア嵌頓)、〈ず〉髄膜炎、〈に〉妊娠、〈がい〉急性喉頭蓋炎、〈とう〉糖尿病。他にも同様に見落とすと危険な疾患はいくつもあります。滅多にないけれど見落とすことのできないこれらの疾患を、確定診断はできないまでも、次の診療につなげるためにはどうしたらよいでしょうか。
鑑別診断を念頭に
まずは診察の際に、発熱、咳、嘔吐、腹痛、どのような症状であっても「死の合図に該当」する疾患がありうるという気持ちで診療に臨むことが必要です。現病歴を聴取するときも診察所見を取るときも、鑑別診断に挙がっていない疾患について特異的な症状や所見を取ることはできません。胸部を聴診する時に心疾患を疑わなければ意外と頻脈や徐脈に気がつかないものです。糖尿病を疑わなければ検尿をすることはありません。主訴を聞かなければ診断はできない
ただし、診断するためには、来院してもらう、訴えてもらうことが診断の第一歩です。親の訴えをよく聴くことが必須です。要領を得ない繰り返しの多い訴えや、時系列に沿わない内容は当たり前のこと、一部を誇張や省略しながら、気になること、子どもが辛そうなことを親は語ります。その中から疾患に特異的な症状を聞き出すことは難しいことですが、子どもを一番近くから観察しているのが親であることも事実です。「親がおかしいと思ったことはきっと本当におかしいはずだ」と認識することが大切です。軽微な症状の乳児に風邪と診断を告げた際に、「ウチの子は風邪ではない」という視線を送ってきた母親がいました。軽い病気であることを納得させようと念のために腹部超音波検査を実施したところ、偶然映った心臓から拡張型心筋症が見つかったことがありました。保護者が診断名に少しでも怪訝な表情をするようであれば、何か別の病気がないか再考する価値は十分にあります。
おむつに赤いものが付着したと母親に連れられてきた1歳6カ月の女児を、「夏の暑い日にはおむつが赤くなることが時々みられます。病的ではない尿酸塩でしょう」と説明だけしていったん帰したところ、やはりおむつが赤いことが気になると翌日も受診されました。超音波検査を実施したところ、膀胱に腫瘍があり横紋筋肉腫がみつかりました。帰してはいけない疾患は必ずしも初診時に判断できるとは限りません。気になる症状があれば受診してもらう、話してもらう、そこが診断の入口になります。そのために医療機関としての快適さ(アメニティー)に配慮することが有用です。
アメニティー
気持ちよく受診してもらう、気になることはすべて話してくれる、そのような環境を整えることが重要です。高熱や痛みに比べればささいな症状であっても、軽微な発疹(実は紫斑)のように診断にとても重要な症状に親は気がついていることがあります。小さなこともすべて話す余裕を親に与える雰囲気を作っておくことが、適切な主訴を聞き出すために必要です。誤診するリスクを過小評価するバイアス
「死の合図に該当」するような疾患について、疾患の基礎的知識が十分にあり、患者が心配していることを十分に聞き出し、鑑別診断として常に意識していたとしても見落とす危険性があります。知識も経験もある人が見落としをする原因、それは誤診するリスクを過小評価するバイアスです。発熱と腹痛から胃腸炎と判断したら実は腸重積症だった、急性胃腸炎による脱水症と紹介されて輸液を開始し、検尿をして初めて気づいた糖尿病、嘔吐・下痢が流行している保育所から嘔吐を主訴として来院した幼児を流行っている胃腸炎と考えたら急性心筋炎だった、いずれも思い込みがバイアスとなって診断の妨げとなっています。
保護者から都合で早く帰りたいと申し出があったので慌ただしく診察をして紫斑を見落とした血管性紫斑病、診療終了間際の駆け込み受診で医師会の会合が予定されていたために血液検査を省略して診断できなかった急性白血病、いずれも時間的な逼迫が招いた誤診です。
限界を超えた多忙や、医師の体調不良やわが子の受験が気がかりなど心身の健康状態も判断を誤らせる要因になります。有名なスポーツ選手や女優さんの子どもが受診した際に、その親との会話を楽しんでしまうと肝心の子どもの診察がおろそかになるかもしれません。「わかっていたのに、ついうっかり、大丈夫と思っていたけれど」そのような言い訳をあとからしても、誤診による被害がいったん発生してしまえば元に戻すことはできません。
この誤診するリスクを過小評価するバイアスから抜け出すためには次の三つのステップが必要です。(1)思い込みなどのバイアスの存在をあらかじめ知っておくこと(2)バイアスに陥っていることに気がつくこと(3)バイアスから抜け出す儀式を行うこと。
自分自身でバイアスに陥っていることに気がつくことは意外と難しいものですが、スタッフとの会話の端々にヒントがあります。「先生、疲れていませんか?」「午後は健診でお出かけですか」「今の患者さん、先生のお気に入りですか」「今日は嘔吐・下痢の子どもが多いですね」そのような会話から、誤診の危険を持っている自分に気がついたら、一杯の水を飲む、立ち上がって外を見るなど、他人から見たら無意味と思えるような儀式を入れて、自分の認知の歪みを矯正することによって誤診のリスクを過小評価するバイアスから抜け出すことができるのです。
疾患の知識を獲得し、アメニティーに配慮して患者が心配していることをすべて聞き出し、鑑別疾患を常に念頭におき、うっかりミスをしないように努めれば、帰してはいけない小児外来患者を見逃すことはないでしょうか。あと一つ大切なことがあります。これを継続することです。適切な診断をするための近道はありません。時間の経過とともに明らかになる主訴・所見を見逃さず、疾患が治癒するまでにこれらを繰り返すことが重要です。
(1月23日、診療内容向上研究会より)