医科2016.11.05 講演
[保険診療のてびき] 高齢者薬物療法の適正化
〜ポリファーマシー解消にむけて
東京大学医学部附属病院老年病科 東京大学大学院医学系研究科加齢医学 教授 秋下 雅弘先生講演
はじめに
高齢者の薬物療法を困難にする要因として、有効性のエビデンスが乏しい一方で薬物有害事象のリスクが高いことが挙げられる。筆者らは、安全性を主眼とした「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」(日本老年医学会発行)を作成するべく、系統的レビューに基づく作業を行い、パブリックコメントを経て2015年12月に完成させた。本ガイドラインの考え方を中心に高齢者薬物療法の適正化について解説する。1.一般的な注意点
高齢者では薬物有害事象の頻度が高く、75歳以上の入院患者では15%以上にみられる1)。その要因は多岐にわたるが、最も重要なのは薬物動態の加齢変化に基づく薬物感受性の増大と、服用薬剤数の増加が有害事象増加であることである。1)薬物動態上の注意点
腎機能や体重などから投与量を設定するとともに、高齢者では少量(成人常用量の3分の1〜2分の1程度)から開始して、効果と薬物有害事象をチェックしながら増量する。ただし、急性感染症に対する抗菌薬など、投与をためらってはいけない場合もある。また、長期投与中に腎機能や肝機能の低下から効き過ぎとなる場合もあり、減量の意識を忘れてはならない。
2)ポリファーマシー(polypharmacy、多剤併用)の問題
本ガイドラインの最大の狙いは多剤併用対策である。多剤併用には、薬物相互作用および処方・調剤の誤りや飲み忘れ・飲み間違いの発生確率増加に関連した薬物有害事象の増加の他に、薬剤費の増大、服用する手間やQOLという問題がある。有害事象の発生は薬剤数にほぼ比例して増加するが、6種類以上が入院患者の有害事象全般2)、5種類以上が通院患者の転倒リスク3)と関連するため(図)、5〜6種類以上を多剤併用の目安とするのが妥当であろう。
今般の診療報酬改定でも、入院・外来における減薬の評価(薬剤総合評価調整加算と薬剤総合評価調整管理料)や、かかりつけ医、かかりつけ薬局の評価で、6種類以上を多剤併用とする考え方が採択されている。ただ、最近は、「複数の薬剤を併用することに伴う諸問題」をポリファーマシーとする考え方に拡大してきており、3〜4種類でも問題があればポリファーマシーであり、10種類でも問題がなければ該当しないといえる。要するに数は目安で、本質的にはその中身ということである。
多病が高齢者における多剤併用の主因であり、特別な配慮をしなければ多剤併用を回避することは難しい。エビデンスの妥当性、対症療法の効果、非薬物療法など、処方に際して見直す点はいくつもある。特に、個々の病態や日常生活機能、生活環境、患者の意思・嗜好に基づいて処方薬の優先順位を決めることが重要である。
2.「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」の意味
高齢者ではほとんどの薬物有害事象が若年者より起きやすいと考えてよいが、特に高齢者特有の症候(老年症候群)の原因となる薬剤が多く、向精神薬や抗コリン作用薬によってふらつき・転倒、認知機能低下、便秘が起きやすいことに注意が必要である。このように高齢者で有害事象を起こしやすい薬剤、効果に比べて有害事象の危険が高い薬剤は高齢者にふさわしい薬剤とはいえず、Potentially Inappropriate Medications(PIM)と呼ばれ、米国のBeers基準4)や欧州のSTOPP(Screening Tool of Older Person's Prescriptions)5)、日本では日本老年医学会による「高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬物のリスト」6)が作成されてきた。
筆者らは、2013年度より厚生労働省科学研究費補助金(日本医療研究開発機構へ移行)を受けて、系統的レビューに基づいて、Minds2014で推奨されているGRADEシステムに準拠した方法で作業を行い、「高齢者の処方適正化スクリーニングツール」として二つのリスト「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」と「開始を考慮するべき薬物のリスト」を作成した。詳細はガイドライン冊子あるいは日本老年医学会HPを参照いただくとして、前者のリストから表に認知機能低下を理由とした代表的薬剤を示し、リストの基本的な考え方を以下に記す。
対象は、高齢者でも特に薬物有害事象のハイリスク群である75歳以上の高齢者、および75歳未満でも要介護手前の状態であるフレイルないしは要介護状態の高齢者である。また、急性期〜亜急性期は専門治療が必要な場合が多く、薬物療法にも裁量の余地が大きいため、慢性期、特に1カ月以上の長期投与を基本的な適用対象とする。ただし、前期高齢者に対する投与や短期投与であっても、リストの薬物により有害事象の危険が高まることは確かであり、十分に注意する必要がある。
リストおよび本ガイドラインは実地医家向けに作成されており、主たる利用対象は実地医家である。特に非専門領域の薬物療法に利用することを対象としている。また、医師とともに薬物療法に携わる薬剤師、服薬管理の点で看護師も利用対象となる。高齢者の薬物療法における薬剤師の役割は今後ますます大きくなると考えられ、処方提案を含めた薬学的管理にぜひとも活かしていただきたい。
3.「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」の使い方
薬物有害事象の疑いがある場合、薬物有害事象の予防や服薬管理を目的に処方薬を整理したい場合、また新規処方を検討している場合にリストを利用できる。ただし、リストはあくまでスクリーニングツールであることに注意する必要がある。実際に処方薬物を変更する場合には、慎重に検討を行い、減量・中止、変更あるいは慎重に継続のどれかを選択する。薬物の中止に際しては、突然中止すると病状の急激な悪化を招く場合があることに留意し、必要に応じて徐々に減量してから中止する。本来の対象ではないが、一般の方も、自分や家族の処方薬について確認したい場合にリストを参照することができる。ただし、処方薬がリストに該当するのを目にした場合には、自己中断してしまう危険があり、絶対に自己中断はせずに、必ず医師や薬剤師に相談していただきたい。ケアマネジャーなどの介護職も利用者の服薬内容とリストを照合することは可能だが、気になる場合はまず医師か薬剤師に相談していただきたい。
おわりに
本ガイドラインの導入により、特定の薬物の有害事象リスクを減らすだけでなく、多剤併用の減少を介してアドヒアランスの改善、相互作用とそれに関わる全般的な有害事象の減少といった効果をもたらすことが期待される一方で、高齢者の過少医療につながる危険もはらむ。また、信頼性の高いエビデンスがない場合もあり、ガイドラインの適用範囲と薬物の種類は定期的にupdateする必要がある。(11月5日、薬科部研究会より)引用文献
1)鳥羽研二、秋下雅弘、水野有三、江頭正人、金承範、阿古潤哉、寺本信嗣、長瀬隆英、長野宏一朗、須藤紀子、吉栖正雄、難波吉雄、松瀬健、大内尉義:薬剤起因性疾患.日老医誌 36:181-185, 1999.2)Kojima T, Akishita M, Kameyama Y, et al:High risk of adverse drug reactions in elderly patients taking six or more drugs:analysis of inpatient database. Geriatr Gerontol Int. 12:761-2, 2012.
3)Kojima T, Akishita M, Nakamura T, et al. Polypharmacy as a risk for fall occurrence in geriatric outpatients. Geriatr Gerontol Int. 12:425-30, 2012.
4)American Geriatrics Society 2012 Beers Criteria Update Expert Panel:American Geriatrics Society updated Beers Criteria for potentially inappropriate medication use in older adults. J Am Geriatr Soc. 60:616-31, 2012.
5)O'Mahony D, O'Sullivan D, Byrne S, et al:STOPP/START criteria for potentially inappropriate prescribing in older people:version 2. Age Ageing. 44:213-8, 2015.
6)高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2005.日本老年医学会編集.メジカルビュー社、東京、2005.