医科2016.11.19 講演
エビデンスに基づく予防医療のススメ[診内研より492]
千葉県・亀田総合病院 総合内科部長 八重樫 牧人先生講演
日本でもエビデンスに基づいた予防医療を
日本では、制度上の問題もあり、有効性を証明したエビデンスがある予防医療が提供されている患者さんの割合が残念ながら少ないです。例えば、65歳以上の方に限定しても肺炎球菌ワクチンは2割程度、帯状疱疹ワクチンはほぼゼロ、子宮頸癌検診は4割程度、乳癌検診は4割程度の方にしか実施されておりません。一方、家庭医でも内科医でも、米国のかかりつけ医は、エビデンスに基づいたガイドラインに沿って、有効性が証明された予防医療を提供しますし、それを提供するかかりつけ医ほど診療報酬が高くなるシステムとなっています。エビデンスに基づいたガイドラインであるU.S. Preventive Services Task Force (USPSTF)やACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)等を日本の患者さんに活用できるように吟味すれば、日本でもエビデンスに基づいた予防医療を患者さんに推奨・提供することができます。亀田総合病院の総合内科外来かかりつけの患者さん全員に渡している予防医療のリストを添付します(表)。
USPSTFとACIPに基づく予防医療の提供
そのUSPSTFでは、エビデンスと効果の程度を考慮し、推奨度をA:強く推奨する、B:推奨する、C:推奨なし、D:推奨しない、I:エビデンス不十分と分けて各項目を推奨しています。予防接種だけはACIPに推奨を委ねています。スクリーニングが有効か否か評価するには、バイアスを排除するために、発見率や生存期間ではなく、死亡率をアウトカムとしたランダム化比較試験が必要です。また、癌検診は10年後に末期癌で死亡することを防ぐもので、予後が10年以内と見積もられる患者さん、根治手術を行わない患者さんにはUSPSTFで推奨されている癌検診項目でも、推奨しません。推奨度AとBで推奨されている癌検診は肺癌、乳癌、子宮頸癌、大腸癌で、検診が薦められないもの(推奨度D)に卵巣癌、膵臓癌、精巣癌、前立腺癌、根拠不十分なもの(推奨度I)に膀胱癌、口腔内癌、皮膚癌があります。また、日本では胃癌の頻度が高く、胃癌も検診が推奨されています。
USPSTFに基づく癌検診
癌検診はUSPSTFに基づき、肺癌検診として、55〜80歳で30箱x年以上の喫煙歴が15年以内にある方に対して、毎年の低線量CTを推奨します(推奨度B)。肺癌死亡率を2割低下させるからです。禁煙の代わりにはなりませんが。一方で、胸部X線による肺癌検診はランダム化前向き試験で無効でした。子宮頸癌検診として、21〜65歳の女性に対して、3年毎の子宮頚部擦過細胞診(HPV検査と併用なら5年毎)を推奨します(推奨度A)。子宮頸癌死亡率を20〜60%低下させる、有効性が高い検診です。乳癌検診として、50〜74歳の女性に対して、2年毎のマンモグラフィーを推奨します(推奨度B)。1000人検診して1,2名乳癌死亡を減少させる、残念ながら効果が小さい検診ですが。乳癌・卵巣癌・卵管癌・腹膜癌の家族歴がある方にはBRCA突然変異の適応があるかの判断ツールを推奨します(推奨度B)。前立腺癌検診で1人の命を救うのに5億円以上必要とされており、費用対効果が悪く、PSAによる前立腺癌検診は推奨しません(推奨度D)。
大腸癌検診として、50〜75歳の成人に毎年の便潜血検査か、10年毎の大腸内視鏡を推奨します(推奨度A)。ただ、父や母が若くして大腸癌になった方は両親の診断年齢より10年早く大腸癌検診を推奨します。また、大腸内視鏡で何も異常がなかった方は10年毎の検診ですが、腺腫やポリープが見つかった方は、より早期のフォローアップが必要です。
日本のガイドラインである「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」では、胃癌検診として、50歳以上の方に、胃バリウム検査1〜3年毎か胃内視鏡検査2〜3年毎を推奨します(推奨度B)。また、ヘリコバクター・ピロリの除菌を推奨します。
癌以外に推奨する検診
骨粗鬆症検診として、65歳以上の女性(64歳以下で骨折リスクが高い女性にも)に骨密度検査を推奨します。閉経後女性の半数が骨粗鬆症関連骨折を経験するからです。転倒予防として、65歳以上の方に、転倒リスクの評価を推奨します(推奨度B)。リスクが高ければ転倒を約13%減少させる運動療法、同17%減少させるビタミンD内服を推奨します。その年齢の方の30〜40%は1年に1回以上転倒しますし、その5〜10%は骨折・裂傷・頭部外傷になるからです。感染症の検診としては、sexually activeな24歳以下の女性にクラミジア・淋菌検査を推奨します。不妊の原因となるからです。性行為感染症のリスクが高い方には、上記二つに加えてHIV、梅毒、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスの検査を推奨します。
ACIPに基づくワクチンの推奨
ACIPに基づいてワクチンの推奨を述べます。ワクチンの有用性の費用対効果は、どれだけの医療費をかければ、健康な方1人が1年長く生きることができるかというQALY(質調整生存年)が目安です。1000万円以内なら許容範囲とされ、小さければ小さいほど費用対効果が高くなります。HPVワクチンは、子宮頸癌等の中学1年から高校1年の女性に推奨します。30〜450万円/QALYで費用対効果は良いです。肺炎球菌ワクチンにはニューモバックス®(PPSV23)とプレベナー®(PCV13)があります。両方非侵襲性肺炎球菌感染症を約5割、侵襲性肺炎球菌感染症を7割程度減少させ、費用対効果は前者が350万円/QALY、後者が290万円/QALYです。ACIPに基づくと、65歳以上全員にPCV13、PPSV23の両方接種を推奨します。他に、心・肺・肝疾患、糖尿病、喫煙者、長期療養施設入所者、免疫不全、無脾症の方には65歳未満でも肺炎球菌ワクチンを推奨します。米国なら、肺炎で入院した患者さんに退院前に肺炎球菌ワクチンを接種することが医療の質の評価項目となっています。インフルエンザワクチンは、禁忌がなければ全員に推奨します。インフルエンザを58%減少させますし、65歳以上なら10万円弱/QALYと費用対効果も高いです。破傷風ワクチンも、ACIPは皆に推奨します。私は、農業をしている方等リスクが高ければ推奨します。1967年以前に生まれた方は、三種混合に含まれる破傷風ワクチンを受けていないので、初回3回投与が必要で、その後は10年に1回のブースターが必要です。
B型肝炎ワクチンも、慢性腎臓病や糖尿病の方等に推奨します。針刺し事故で約3割が感染する感染力が高いウイルスです。水痘ワクチンは60歳以上の方全員に推奨します。3人に1人は一生のうち帯状疱疹に罹患、85歳以上なら半数が帯状疱疹に罹患し、帯状疱疹を約5割、帯状疱疹後神経痛を約7割減少させるからです。
生活習慣病検診と禁煙の推奨
糖尿病・脂質異常症・高血圧・肥満症の検診を推奨します。スタチンの予防内服は40〜75歳で一つ以上心血管リスクがあり、10年のASCVD(動脈硬化性心血管疾患)リスクが≧10%の方で推奨度B、同7.5〜10%の方で推奨度Cです。腹部大動脈瘤検診は少しでもタバコを吸ったことがある65〜75歳の男性に、腹部超音波を1回推奨します。JPPP研究の結果から、われわれは日本人が1次予防としてアスピリンを内服することは推奨しません。喫煙者には禁煙介入を推奨します。今まで述べた予防医療で禁煙が最も効果が大きいです。医師が毎回の外来で聞くことで、禁煙率が上がります。1日20g程度の飲酒をする方の死亡率が最も低いのですが、多すぎなら問題飲酒としての対処を推奨します。うつ病をスクリーニングすることはすべての臨床医の必須スキルです。家庭内暴力があればソーシャルワーカーさんに相談を推奨します。
妊娠を予定している女性には毎日葉酸0.4〜0.8㎎を推奨します。全妊娠の約半数は予定外妊娠であり、早期の開始が重要です。神経管開存症が減ります。カナダでは加工食品すべてに葉酸を入れ、神経管開存症を日本以下に減少させました。
おわりに
これらの予防医療は医療保険での保険診療ではなく、自費とされていますが、かかりつけ医が各項目を推奨することも、いつ検診を受けたか把握することも、何ら問題ありません。かかりつけ医から推奨することが重要です。さらに、予防接種に関してはかかりつけ医が行うことに全く問題はありません。今回の講義で、皆さまが患者さんに必要な医療を提供する手助けに少しでもなりましたら幸いです。(2016年11月19日、第523回診療内容向上研究会より、小見出しは編集部)
表 予防医療のリスト