医科2017.02.04 講演
非器質性・心因性疾患を身体診察で診断するためのエビデンス[診内研より493]
京都府・洛和会丸太町病院 救急総合診療科 副部長 上田 剛士先生講演
まずはじめに
非器質性・心因性疾患を診断するためには、器質的疾患の除外が必要です。しかし無数の器質的疾患の除外を行うには多大な労力を必要とします。また器質的疾患の除外を行うだけでは非器質性・心因性疾患の診療を面白いと感じることはないでしょう。そのため内科医にとって非器質性・心因性疾患は「厄介な疾患」「退屈な疾患」と感じられるかもしれません。しかし、もし非器質性・心因性疾患を積極的に診断できたならばどうでしょうか? それも検査をすることなく、診察だけで非器質性・心因性疾患であると言い切れたならば、非器質性・心因性疾患を診断する楽しさが湧いてくるのではないでしょうか? ここでは非器質性・心因性疾患を身体診察で見抜くテクニックを紹介していきます。
目は口ほどにものを言うか?
患者の目線に注意を払うことは精神疾患の診療の上で大切です。目線が合わないのは精神疾患を示唆しますが、恥ずかしさなど精神状態によっても大きく変わるため、初診患者の診察時には目線が合わなくても病的意義はさほどないかもしれません。しかし、一点を凝視している場合(俗にいう「目が据わっている」状態)は統合失調症を考えます。さらに診察中に突然よそ見をする場合は被注視感や幻聴を反映している可能性があるため注意が必要です。ため息あればストレスについて聞け
診察中にため息をつくのは器質的疾患では考えにくく、そのような場合には心理社会的背景について確認する必要があります。そしてストレッサーを同定し適切な共感ができた場合には、患者さんが泣きだすことがあります。この場合は非器質的疾患を強く示唆しますが、不適切なタイミングで突然泣き出す場合には器質的疾患による感情失禁を疑います。また易怒性が問題な場合、手掌オトガイ反射、把握反射、口尖らせ反射などの前頭葉徴候を確認します。前頭葉徴候があれば器質的疾患を疑うべきですが、前頭葉徴候がなければ生来の性格の可能性が高くなります。
筋力低下は協調運動が大事
非器質性・心因性の筋力低下の判断には協調運動の検出が最も大事です。協調運動はわれわれが無意識に行っている運動で、例えば右下肢を前に突き出そうとすると、左下肢で踏ん張る運動のことです。この協調運動を検出することで、患側下肢が本当に動かないのか、それとも努力が不十分なのかを鑑別するHoover徴候やSonoo外転試験は、非器質性・心因性の筋力低下の診断に非常に有用です。上肢や手指でも協調運動を検出することは可能ですが、上肢では、分離運動をすることにもともと慣れており、下肢の時ほど簡単に協調運動を検出できません。そこで上肢の筋力低下を評価する時にはBarre試験による回内を評価します。器質的疾患では回内が先に認められる所見ですが、非器質性・心因性疾患では回内せずに上肢が落下する傾向にあります。
両下肢に力が入らず膝を立てられないような場合も、協調運動を検出することが難しいです。この場合は受動的に膝を立てさせた後に支持していた手を放します。器質的疾患では筋トーヌスが低下しているためその肢位を保持できず股関節は外旋(膝が外側に開く)することが多いです。一方、手を放した後も膝立てを保持できる場合には非器質性・心因性の筋力低下を疑います(spinal injuries center test)。
引きずり歩行は杖を引きずって歩いているのと同じ
麻痺下肢を引きずるように歩く場合は、非器質性・心因性を強く疑います。これは麻痺した下肢は不安定な棒であり、松葉杖のようなものであると考えれば理解できます。松葉杖で歩くときは安定するように垂直に体重をかけます。斜めに松葉杖をつく人はいません。麻痺した下肢も松葉杖と同じです。器質的疾患であれば、棒のようになった不自由な下肢を垂直な位置まで頑張って動かし、なんとか踏ん張りやすくするものです。つまり、ぶん回し歩行をします。それ以外にも非効率的な姿勢をとる歩行障害や、指鼻試験で気をそらすと改善する不安定感や常に検者側へ転倒する不安定感は非器質性・心因性疾患を疑う根拠となります。
役者は自分の演技(振戦)が気になる
心因性の運動障害疾患の中で最も多い心因性振戦は、他の運動に同期したり、気を逸らさせることで減弱することが特徴です。心因性振戦は手指に認められることが多いですが、振戦する部位を患者自身が見ている時間が長い場合は、心因性を強く疑います。一方、パーキンソン病や本態性振戦では、振戦する部位を患者自身が視認することは少ないです。
感覚障害は解剖学的に考える
体幹の感覚は正中で半分に綺麗に分かれてはおらず、正中数㎝は左右の皮神経支配が重なっています。そのため左右の感覚域値が正中で真っ二つに分かれている場合は非器質性・心因性疾患を疑う根拠となります。また解剖学的に説明が不可能な感覚喪失も非器質性・心因性を示唆します。デルマトームを記す解剖学の教科書を確認しながら診療すると良いでしょう。本当に視覚障害があれば、サングラスはかけない
視覚障害があるにも関わらずサングラスをかけていれば、非器質性の視覚障害を疑います。また縞々模様から作りあげた特別な図を用いる方法も有用です(図)。視野障害の場合は、対座法で見えていないはずの対象物を何の迷いもなく探せることで非器質性・心因性の視野障害を確認できます。非てんかん性心因性痙攣は駄々っ子
非てんかん性心因性痙攣では両側性の運動がありながら意識があり、左右交互に四肢をばたつかせます。これは駄々っ子をイメージすると分かりやすいでしょう。また後弓反張のような動きをすることもありますが、てんかん発作でこれらが生じることはまれです。また発作中に目を閉じている場合も非てんかん性心因性痙攣を疑います。最後に
このように身体所見を駆使すれば非器質性・心因性疾患を積極的に診断することができます。身体診察を駆使した的確な診断は、医師のストレスを軽減するだけではなく、不要な検査や治療を省き、患者さんにとっても多大な利益を生み出します。明日から非器質性・心因性疾患を診るのが楽しみである、と少しでも皆さまが感じることができたならばこの上ない喜びです。(詳細な内容は拙書『非器質性・心因性疾患を身体診察で診断するためのエビデンス[シーニュ]』をご参考ください)
(2月4日、診療内容向上研究会より)
図 器質的な視覚障害では図形の大きさは視認可能かどうかに影響しない