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学術・研究

医科2017.06.03 講演

身近な疾患 −便秘型IBS治療についての話題−[診内研より498]

順天堂大学医学部附属静岡病院 消化器内科教授  永原 章仁先生講演

便秘とIBSの病態と診断
 厚生労働省の調査によると、わが国では便秘は高齢者の1割以上、若年層においても女性では4%前後の有病率と報告されている。一方、約3割が自分は便秘であると自覚しているとのインターネット調査もあり、1千万人以上が便秘で悩んでいると推定される。しかし、兎糞状の便が週1回しかなくても、自分は正常だ、と思っている人は多く、薬局でセンナや酸化マグネシウムを購入し対処している例がほとんどであろう。すなわち、便秘患者は、「わざわざ病院に行くほどの病気」ではないと自分自身で考えているのである。
 しかし、便秘患者のQOLを調べると、健常人より明らかに低下している。また、便秘は生命予後とは無関係と一見思われるが、米国での地域住民を対象とした20年間にわたる研究では、便秘患者は対照群と比較して危険率1.23で生存率が低いのである(Chang JY, et al. Am J Gastroenterol. 2010;105:822-32)。
 便秘はQOLを低下させ、かつ生命予後にも影響を及ぼす深刻な病気であるといえる。その病態は、1.結腸運動の低下や協調運動障害により内容物の結腸通過時間が遅延し、排便回数が減少する、2.骨盤底筋の協調運動障害、直腸知覚、運動障害、腹圧低下などにより、便排出が困難になる、3.結腸通過時間は正常であるが、経口摂取不足などで糞便量が減少し、硬便となり排便困難をきたす、などが考えられている。
 IBS(Irritable Bowel Syndrome:過敏性腸症候群)もまた、わが国での頻度は10%前後と報告され、身近に見られる疾患である。IBSも便秘同様にQOLの低下をもたらす。
 IBSは国際的診断基準であるRomeⅣでは、下記のように定義されている(Lacy B, et al. Gastroenterol. 2016;150:1393-1407)。
 繰り返す腹痛が、最近3カ月で少なくとも平均週1回あり、下記二つ以上の基準を満たす
 1.排便に関連する
 2.便の頻度の変化に関連する
 3.便の形状(外観)の変化に関連する
 診断前少なくとも6カ月より症状が発症し最近3カ月診断基準を満たす
 定義を見ると、一見難解であるが、排便、便の頻度や形に関連して、お腹が痛くなる、と解釈でき、誰もが経験する症状である。IBSは、便秘型、下痢型、混合型、分類不能型に分けられる。日本消化器病学会のガイドラインでは、「腹痛あるいは腹部不快感とそれに関連する便通異常が慢性もしくは再発性に持続する状態」と定義され、排便時に腹痛や不快感があれば診断できる。その病態は、ストレスに対する過剰応答であり、その結果、腸管蠕動運動異常、知覚過敏がもたらされ、さらに、腸内細菌、遺伝などが複雑に交絡していると考えられている。
 日常臨床で、ノロウイルス腸炎後にお腹の調子が悪い、と訴える患者がいるが、これは感染後IBSと呼ばれている。イタリアからの報告によると、ノロウイルス腸炎後は、11.4倍IBSを発症しやすくなるという。その誘因として、腸管の炎症の持続、うつや心気症、精神的ストレスなどが影響していると考えられている。
 IBSは、症状から診断される疾患であるが、器質疾患を除外することは最も留意すべき点である。診断に際しては、図に示す警告症状・徴候、危険因子を認める場合は大腸癌や炎症性腸疾患の有無の確認のため大腸内視鏡検査などを行う必要がある(図)。
治療の基本は生活習慣の改善
 便秘であれ便秘型IBSであれ、治療の基本は生活習慣の改善であることは言うまでもない。
・胃結腸反射促進のため、食後に定期的にトイレに行く。
・肛門直腸を直線化するためトイレに足台をおいて前屈みに座る。
  前屈により、肛門直腸角が直線化し、便が出やすくなる、また腹圧をかけやすくなりいきみが容易になる。
・適度な運動療法を行う。
・水分の摂取。
・食物繊維の摂取量は20〜35g/日だが、腹満感や腹痛、鼓腸の予防のため徐々に増量すること。
  Mounsey A, et al. Am Fam Physician. 2015;92:500-4. より改変引用
 一般に、水分摂取は便秘を改善すると言われているが、実際に検討された論文は少ない。117例の便秘患者に対して25gの食物繊維を摂取の上、2カ月間、水分自由摂取群、ミネラルウォーター摂取群に無作為に分けた報告では、ミネラルウォーター摂取群では排便回数、下剤使用とも有意に改善した(Anti M, et.al. Hepatogastroenterology. 1998;45:727-32)。
 しかし、小児や若年者での検討をまとめた論文では水分摂取が便秘の治療になるかは不明であった。
 また、FODMAP(Fermentable、Oligo-、Di-、Mono-saccharides and Polyols:発酵性のオリゴ糖、2糖類、単糖類、ポリオール)は、腸管内で発酵し便通異常を来すとされているが、FODMAP制限食が便秘型IBS治療に有用であるとの報告がある。しかし、多くの食品の摂取制限が必要であり、栄養士の管理下で行うべきであろう。
下剤の世代交代 −従来の下剤の問題点の解決
 わが国では酸化マグネシウム、センナには長い歴史があり、処方薬、OTC薬ともに多用されている。日本老年医学会の高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015によると、高齢者での酸化マグネシウムの服用は血中マグネシウム濃度の上昇を来す恐れがあり、低用量からの処方が推奨されている。また、センナをはじめとする刺激性下剤は、長期連用での耐性や習慣性が懸念され、頓用で使用すべきであるとされている。
 こうした安全性の懸念から、新たな作用機序の下剤が求められていたが、2012年、慢性便秘に対してルビプロストン(アミティーザ)が保険承認された。RomeⅣでは、食物繊維、ポリエチレングリコール(わが国では大腸内視鏡の前処置にのみ適応がある)、ルビプロストン、リナクロチドが慢性便秘、便秘型IBSいずれの治療でも推奨されている(5-HT4阻害薬であるPrucaloprideが慢性便秘治療で推奨されているが、わが国で発売されていない)。2017年、リナクロチド(リンゼス)が便秘型IBS治療薬として初めて保険承認された。治験結果からは、全般改善度、腹痛・腹部不快感、便形状、便回数ともに改善し、52週にわたる長期投与においても効果が維持された。
 欧米、アジアの他国と比較して、わが国では保険で処方できる薬剤が限られているが、リナクロチドの承認により、われわれは、もう一つの治療武器を手に入れることができ、諸外国とのギャップを縮められたのである。
(6月3日、診療内容向上研究会より)

図 器質的疾患を示唆する警告症状・徴候と危険因子
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