兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2017.07.08 講演

糖質制限とカロリー制限の分かっていること、いないこと[診内研より499]

北里大学北里研究所病院 糖尿病センター長  山田  悟先生講演

1.カロリー制限食について
(1)糖尿病治療におけるカロリー制限食の目的
 これまでわが国の糖尿病食事療法はカロリー制限食一辺倒でした。初版の科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン(2002年)に始まり、現行の糖尿病診療ガイドライン2016に至るまで、食事療法の項の参考文献には、例えばデスクワーカーでは標準体重に25〜30の身体活動係数を乗してカロリー処方をするという記載が一貫してなされています。しかし、参考文献にはこうしたカロリー処方をしたカロリー制限食の有効性や安全性を検証した論文は1本だに含まれていません。また、現行の糖尿病診療ガイドライン2016には、糖尿病食事療法の目的が肥満の是正にあると明記されており、肥満を合併していない2型糖尿病患者に対する食事療法の目的は存在しないことになっています。一方、糖尿病治療ガイド2016-2017には、肥満を合併した患者には標準体重に20〜25を乗してカロリーを処方するように記載がありますので、目的なくデスクワーカーに標準体重×25〜30のカロリー処方をしているのが現状です。
(2)標準体重×25〜30というカロリー処方の意味
 標準体重×25〜30というカロリー処方がどのような意味をもつのか、ほかのガイドラインと比較すると理解しやすいでしょう。厚労省が一般の日本人を対象に健康増進・慢性疾病予防のために作成している食事摂取基準(2015年版)では、必要なカロリーとは、デスクワーカーで基礎代謝量に1.5を乗して求めることが記載されています。基礎代謝量とは、ただただ生命を維持するのに必要なカロリー量のことで、現体重×20〜25に分布します。ですので、代入すれば、デスクワーカーに必要なカロリー量は現体重×30〜37.5となります。
 また、日本静脈経腸栄養学会の静脈経腸栄養ガイドラインでは、ベッド上安静の方向けのカロリー処方が基礎代謝量×1.2とされています。基礎代謝量に現体重×20〜25を代入すると、ベッド上安静の方向けのカロリーが現体重×24〜30であり、日本糖尿病学会のデスクワーカーのカロリー処方とほぼほぼ合致します。時に、日本糖尿病学会のカロリー処方をカロリー摂取の適正化であると主張される先生もおられるのですが、ベッド上安静の方に必要なカロリーしか投与しないことが適正であるとは到底考えられないのです。
(3)非肥満者に対するカロリー制限の結果
 このような非肥満者に対するカロリー制限の医学的な意味を検証する研究は、これまでほとんど存在しなかったのですが、最近、カロリー制限による寿命延長効果を期待して実施されたCALERIE試験の結果が報告されるようになりました。その結果、2年間で元来のカロリー摂取から12%削減するというカロリー制限食により、骨密度低下(J Bone Miner Res 2016, 31, 40-51)(図1)や筋肉量の減少(Am J Clin Nutr 2017, 105, 913-927)、そして、一部の方では難治性の貧血(J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2015, 70, 1097-1104)が生じることが報告されています。
(4)カロリー制限食の今後
 今後、今のカロリー制限食を推奨しつづけるためには、日本糖尿病学会の食事療法に関する提言が求めるごとく、有効性と安全性についての検証が不可欠であり、それができるまでは、現行のカロリー制限食は休止すべきだと私は考えています。
2.糖質制限食について
(1)糖尿病治療における糖質制限食の目的
 一方、最近注目を集める糖質制限食は、当初は民間療法的な扱いを受けていましたが、われわれ(Intern Med 2014, 53, 13-19)のみならず、ほかのグループからもそのHbA1cをはじめとする代謝指標の改善作用が次々と報告され(Clin Nutr 2017, 36, 992-1000)(Diabetes Obes Metab 2016, 18, 702-706)、現在では日本人の糖尿病に対して最も堅い科学的根拠をもつ食事法となりました。
 そもそも、食後の血糖上昇の曲線下面積と栄養素摂取量との関係を見てみると、糖質摂取は正の相関を示すものの、脂質やたんぱく質の摂取は負の相関を示すことがわかっています(Am J Cin Nutr 2011, 93, 984-996)(図2)。糖質摂取を制限し、脂質やたんぱく質をしっかり摂取することは、食後血糖管理にまさにうってつけだったのです。
(2)糖質制限食の価値
 糖質制限食が、体重、血糖、脂質、血圧のいずれにも有効であることが無作為比較試験のメタ解析によって証明されており(Obes Rev 2012, 13, 1048-1066)、また、筋肉量の増加(Metabolism 2002, 51, 864-870)にも有益であることが示されています。また、最近ではがんや認知症に対する効果も期待されています。
 われわれは、緩やかな糖質制限食(1食あたり糖質摂取量を20〜40gとし、1日に間食で糖質摂取10gを追加して、結果として1日あたり糖質摂取量を70〜130gにする食事法)をロカボと名付け、推奨しています。これより厳しい糖質制限食を指導する考え方もありますが、肥満やインスリン抵抗性の改善において緩やかな糖質制限食と極端な糖質制限食とで差異がなく、極端な糖質制限ではLDL-Cが高値になっていたとの報告もあり(Am J Clin Nutr 2006, 83, 1055-1061)、私たちは採用していません。
 また、それ以上に重要な点が、極端な糖質制限食によるQOLの低下です。動物実験から極端な糖質制限食によるがん抑制効果が期待され(Clin Cancer Res 2013, 19, 3905-3913)、ヒトにおける臨床研究がなされましたが、症例が集まらず、また、極端な糖質制限食に対する遵守率が低いことから、試験そのものが2017年2月に中止されてしまいました(KETOLUNG試験:NCT01419587)。こうしたことから、極端な糖質制限食は、QOLを低下させる可能性が高いと考えています。
(3)ロカボ神戸プロジェクト
 一方、緩やかな糖質制限食(ロカボ)であれば、おいしいお料理をふんだんに提供し、日本酒をはじめとするお酒も十分に楽しんでいただけるということで、2016年9月、神戸市内の50軒ほどの飲食店がロカボ神戸プロジェクト(http://locabo-kobe.com/)という取り組みを開始されました。食の都・神戸を訪れる観光客が、老若男女、健康な人も病気を抱える人も、誰しもが、同じ食卓を囲って、おいしいものに笑顔を浮かべ、そして、元気になって帰っていく、そんな街になろうという取り組みです。私自身、大好きな街・神戸のお役に立てればと思い、全面的にご協力させていただいています。
3.さいごに
 私たち医師は、患者さんの幸せな人生を支えるために仕事をしているのだと思います。正直、私自身、かつてカロリー制限食に取り組んだとき、幸せな食卓を作ることはできませんでした。一方、2009年1月に開始した糖質制限食については、今も幸せに継続中です。兵庫県保険医協会にご入会の先生方におかれましても、ぜひ、ご自身の健康増進に糖質制限食を取り入れていただき、そして、おいしいものを通じて神戸に、兵庫に役に立ちたいと願う料理人の方たちをご支援いただければ幸いです。
(7月8日、診療内容向上研究会より)

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