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学術・研究

医科2018.01.20 講演

腹痛を「科学」する
[診内研より502](2018年1月20日)

腹痛を考える会 講演

腹痛は持続性か否か
 クリニックに若い男性が「朝から下腹が痛むんです」と言って受診したとする。恐らくほとんどの医師は「ずっと痛いですか、それとも痛かったり痛くなかったりしますか」と尋ねるだろう。これは「ずっと痛い=持続痛」、「痛かったり痛くなかったりする=間欠痛」を意識した質問だと思うが、これが間違いの元になる。
 持続痛とは痛みの強さに「波がない」ものを指す(図1)。一方、間欠痛とは「間欠的」な痛みであるが、「間欠」を辞書で調べると「一定の間隔をおいて物事が起きたり止んだりすること」と書かれている。従って、間欠痛は「一定の間隔をおいて生じたり止んだりする疼痛」ということになる(図2)。これは「波のある痛み」と表現されることが多い。
 では図3はどうか。これも訴えは「痛かったり痛くなかったりする」になるが、痛みの強さも持続時間もバラバラで規則性がない。よって、これは間欠痛ではない。
 では何と表現するか。地震を例に考えてみると、大きな地震は本震の後に余震を生じることが多い。この余震は強いこともあれば弱いこともある。長く続くこともあればすぐにおさまることもある。要するにバラバラである。通常、これを「断続的」な地震と表現する。腹痛でも同様に、強さも持続時間もバラバラなものは、「断続痛」と名付けておく。
 単に「痛かったり痛くなかったりするか」と尋ねるだけでは間欠痛と断続痛を区別できないので、このように図を描いて尋ねるとよい。非持続痛を間欠痛と断続痛に区別することが、診断への第一歩である(図4)。
 間欠痛は管腔臓器の蠕動運動が主な原因である。一方、断続痛は本来であれば持続痛を生じるはずの疾患が何らかの理由により自然軽快と増悪を繰り返している場合に生じるのだろう。ただし、受診時に疼痛が完全に消失していると原因を同定するのは困難なことが多い。
痛みの種類(内臓痛・体性痛・関連痛)を区別する
「内臓痛」とは
・求心性内臓神経を刺激して生じる痛みである
・管腔臓器では痛みに「波がある」のが特徴で「疼くような痛み」や「鈍い痛み」になる
・軽い場合は痛みではなく、腹部膨満感や消化不良に似た不快感として感じることもある
・疼痛の範囲は広く、局在性に乏しく、体動による増悪はない
「体性痛」とは
・壁側腹膜の知覚神経が刺激されて生じる
・性状は鋭く持続性で、範囲は限局している
・原因臓器の部位が疼痛部位に一致することが多い
・体動で増悪する
「関連痛」とは
・内臓の痛みを皮膚(体表面)の痛みとして感じている
・性状は一般に鋭く、比較的限局している
・腹部以外に感じられる関連痛を放散痛と呼ぶ
痛みの経路を理解しよう
 交感神経幹という頭蓋骨基部から尾骨まで脊椎に沿って縦走する神経線維の束が左右に1対ある。この所々が数珠のように膨らんでいて交感神経節を形成している。
 第5〜9胸髄からの神経が合流して大内臓神経を形成し、腹腔動脈の起始部で腹腔神経節に接続する。同様に第10〜11胸髄からは小内臓神経が形成され、上腸間膜動脈起始部に達して上腸間膜神経節を、第12(以下略)からは最小内臓神経が形成されるが、これは小内臓神経と一体化していることも、独立して腎神経叢に達していることもある。
 第1〜2腰髄からは腰内臓神経が形成され、下腸間膜動脈起始部で下腸間膜神経節を形成する。ここでシナプスを乗り換え、個々の動脈と並走し枝分かれを繰り返して臓器に至る(図5)。
 ここで虫垂炎の腹痛について考えてみる。虫垂にある侵害受容器が刺激されるとシグナルが交感神経の末端に伝わる。虫垂を支配する神経は栄養血管である上腸間膜動脈に沿っているので求心性のシグナルはやがて上腸間膜動脈起始部の上腸間膜神経節に達し、ここでシナプスを乗り換える。
 さらに小内臓神経を上行し、神経節で白色交通枝を経由して脊髄後根から後角に入り、ここで再びシナプスを乗り換えて対側の脊髄視床路を上行して脳に至る。
 第10胸髄が主に刺激されるので、このレベルのデルマトームである臍周囲に関連痛を自覚することになる(図6)。消化管は胎生期に正中の1本の管として発生し、両側の神経から等しく支配されるため、正中線上に「関連痛」を生じるのが原則である。
 その後、主に右下腹部痛を生じるが、これは虫垂の炎症が周囲の組織を超えて壁側腹膜に達したことによる「体性痛」である。なお、腹腔内に炎症を生じていても壁側腹膜に炎症が波及しなければ体性痛を生じない。
 図7に虫垂炎のCT画像を2枚提示する。左側の症例では腹壁に近い場所に虫垂があり、周囲の壁側腹膜に炎症が及んだために右下腹部に反跳痛が出現した。それに対し右側の症例では虫垂が盲腸の背側に位置しているために炎症が壁側腹壁に伝わり辛く、右下腹部に所見を認めなかった。
参考文献
1)腹痛を「考える」 2016(非売品)
(1月20日、診療内容向上研究会より)
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