兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2018.03.03 講演

[保険診療のてびき]
増加する大人の食物アレルギー
〜身につけたいアナフィラキシー対応の基本〜(2018年3月3日)

中京大学 スポーツ科学部スポーツ健康科学科 学科長
認定NPO法人 アレルギー支援ネットワーク 理事長
坂本 龍雄先生講演

大人の10人に1人は食物アレルギー
 2013年に実施された日本学校保健会の「学校生活における健康管理に関する調査」によれば、高校生の4%が食物アレルギーを有し、アナフィラキシーの既往は0.3%に認められた。2007年の前回調査に比べ、いずれも倍増していた。この年代の食物アレルギーは寛解することがまれであり、その後も小麦・魚介類・フルーツなどに対する新規のアレルギー発症者が上積みされていく。また、大人の食物アレルギー患者の多くは自己診断のまま放置されており実態把握が困難である。そこで演者は、間もなく大人の10人に1人は食物アレルギーになると推定している。
食べたことがなければ食物アレルギーは起こらない?
 免疫学の基本原理を適用すると、食べたことがなければ食物アレルギーは起こらないはずである。しかし、実際はそうではなく、妊娠後期から母児ともに鶏卵・牛乳・小麦をまったく摂取しなくてもこれらのアレルギー発症を予防できない。大人の場合も同様である。多くの種類のナッツやシードが出回っているが、食べたことがなくても初回摂取時にアレルギー症状に見舞われる可能性がある。ナッツ・シードアレルギーの診断においては、クルミとペカン、カシューナッツとピスタチオの組み合わせを除き、一つひとつ個別に評価する必要がある。
大好きな食物では食物アレルギーは起こらない?
 同じ構造のIgE抗体結合部位(十数個のアミノ酸からなるペプチドに相当)を有する異なったアレルゲン蛋白は、交差してアレルギー反応を引き起こすことができる。カバノキ科、キク科、イネ科の花粉にはフルーツ・野菜・ナッツ・スパイスなどのアレルゲン蛋白と交差反応性を示すアレルゲン蛋白が豊富に含まれている。これらのアレルゲン蛋白は消化管の強力なバリアーを回避して経気道的に侵入し、花粉症だけでなく多様な食物アレルギーを発症させる。これが花粉・食物アレルギー症候群である。
 室内塵にはチリダニや昆虫由来のトロポミオシンというアレルゲン蛋白が含まれている。これらと相同性が高いトロポミオシンが甲殻類にも含まれており、室内塵の吸入が甲殻類アレルギーの発症に関与している可能性がある。
 医療用手袋などに使用されているラテックスのアレルゲン蛋白はバナナ・アボカド・キウイ・栗などと交差反応性を有し、経皮感作によりラテックス・フルーツ症候群を引き起こす。「茶のしずく石鹸」事件では、石鹸に添加された加水分解小麦が皮膚や結膜から侵入し、深刻な小麦アレルギーを引き起こした。その他、吸血ダニ咬傷は牛肉アレルギーを引き起こし、クラゲ刺傷は納豆アレルギーを引き起こす。
 大人の食物アレルギーの発症要因は複雑である。上流にある真の発症原因を解明することが求められ、そのことで交差反応性を有する食物群を推定することができる。
運動が潜伏する食物アレルギーを目覚めさせる
 食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIA)は食物アレルギーの亜型であり、食べることはできるが、食後に運動負荷を加えるとアナフィラキシーが誘発される。小児より大人に多くみられ、小麦・甲殻類・フルーツが代表的な原因食物である。食物アレルギーの経口免疫療法により通常の食物アレルギーがFDEIAに病型変化することが知られており、運動が潜伏する食物アレルギーを目覚めさせる事態ともいえる。
アナフィラキシー対応の注意点
アレルギー症状の重症度評価に関わる注意点

1)皮膚症状:蕁麻疹は食物アレルギーの可能性を強く示唆する。しかし、20〜30%は出現しない。蕁麻疹を伴う顔面や四肢の血管性浮腫は低容量性ショックに繋がる危険性がある。

2)口腔アレルギー症候群:花粉・食物アレルギー症候群やソバ・ナッツ・シード・甲殻類アレルギーで高頻度に出現する。多くが咀嚼中に発症することから、危険な食物アレルギーの場合、誤食の危険信号とみなし、食事を中止して咀嚼中の食物を吐き出させる。

3)気道症状:重症度はともあれ、喉頭浮腫(吸気性呼吸困難)、気管支収縮(呼気性呼吸困難)、または両者の同時発症による。進行が早く、窒息の危険性を念頭に置いて迅速に対処する。

4)アナフィラキシー:症状出現後15分以内に死に至るとされる致死性劇症型アナフィラキシーの可能性に留意する。

薬物治療の注意点

1)抗ヒスタミン薬:蕁麻疹、口腔アレルギー症候群、花粉症様症状には有効であるが、これらの症状に限定される。患者には常に携帯するよう指導する。

2)β2刺激薬吸入:喉頭浮腫には無効である。

3)副腎皮質ホルモン:即効性がない。遅発型症状やショックの予防効果が期待されるが、有効性を示すエビデンスに乏しい。

4)アドレナリン筋肉注射(図参照):すべてのアレルギー症状に著効する。速やかに血中濃度を上昇させるため、大腿外側広筋に筋肉注射する(最高血中濃度到達時間:8分)。1回投与量は0.01㎎/㎏(最大量0.5㎎)、投与間隔は5〜15分とする。症状が重篤であれば使用禁忌はない。

エピペンの取り扱い上の注意点

1)本体をしっかり握り、親指を本体の端にかけない。

2)大腿部の外側中央部に注射するが、その際、大腿部をしっかりと固定する。

3)常にエピペンを携帯する。

4)他人のエピペンの使用は一切認められていないため、積極的にエピペンを処方する。

5)診療所に常備したエピペンは「使用登録医」だけが使用できる。

6)エピペンは使用期限を少々過ぎても効果は損なわれない。しかし、救急救命士は原則としてこれを使用しない。

7)エピペンの効果持続時間はせいぜい15分であり、効果判定することなく救急搬送する。

注射薬によるアナフィラキシー対応
 本年1月、日本医療安全調査機構の医療事故調査・支援センターから「注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事例の分析」が公表された。12件の死亡事例が紹介されているが、原因薬剤は造影剤4件、抗菌剤4件、筋弛緩剤2件、蛋白分解酵素阻害薬1件、歯科用局所麻酔薬1件であった。死亡事故を防ぐには超迅速なアドレナリン筋肉注射が不可欠だと強調されている。この機会に報告書を通読されることをお勧めする。
https://www.medsafe.or.jp/uploads/uploads/files/teigen-03.pdf
 最後に、大人に対しても食物アレルギーの情報提供・相談支援を実施すべきである。同時に専門医療機関の整備が求められる。
(3月3日、神戸支部研究会より)


図 アドレナリン筋肉注射の適応
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