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学術・研究

医科2019.04.13 講演

高齢者救急のクリニカルパール
[診内研より509](2019年4月13日)

藤田医科大学救急総合内科学 教授 岩田 充永先生講演

高齢者の救急受診にはご用心
パール1
高齢者の救急受診は、重症でも症状が非典型的で、1回の診察では確定診断が難しい。以下のいずれかに該当する場合は、入院を考慮すべき
(1)急速なADL低下あり
(2)短期間で経口摂取できなくなった
(3)酸素投与が必要
 ERでの高齢者の診療はストレスを伴う。症状があいまいで(それでいて重症度が高く)、1回の診察では確定診断が難しいために入院担当科の決定に難渋する。このストレスが、「今日のところは、ERから帰宅しても大丈夫でしょう...」という安易な判断につながるリスクとなる。
 過去の研究においても、高齢者が呈する「今日は呼びかけに反応が悪い(意識変容)」、「呼吸が苦しそう」、「つらそう、元気がない(不快感・倦怠感)」などの漠然とした症状は、ERから帰宅後1週間以内の予期しない死亡(ERにおける最も深刻な失敗)のハイリスクな主訴となっている。
 この失敗は、入院率が高いほど発生率は低いとされている。安全管理の観点では、管理職はあいまいな症状の高齢者に対する入院閾値を下げるシステムの構築が求められる。ERで診療を担当する医療者は、高齢者の急速なADL低下、経口摂取不良、酸素投与必要では入院を考慮するべきである。
 ADL低下を把握するためには、高齢者の漫然とした訴え(元気がない、衰弱、反応が悪いetc)に遭遇した際に、「食事・トイレ・着替え・内服」に注目した情報収集で、「一番直近の最良のADLと、どれくらいのスピードで何ができなくなり現在にいたるのか」をはっきりさせることが重要である。
 医療者は「入院させてください」と言われると、「絶対に入院させたくない」という過剰な防御反応を示すことに注意しなければならない。家族の「入院させてください」の背景が「いつもと違う、何かおかしい」という第六感なのか「介護疲労」なのかをはっきりさせること。前者は隠れた重症を拾い上げる重要な医療情報であり、介護疲労であれば、悩みに共感し適切な道筋をつけること(ケースワーカーに相談etc)が求められる。
高齢者の「突然の不穏」は背後に急病の影あり
パール2
高齢者の「突然の不穏」は背後に急病の影あり、安易に認知症によるものと判断しないこと。
抑制、鎮静の指示で安心するのではなく、必ずショック、心血管疾患(心筋梗塞、心不全、大動脈解離)、重症感染症、薬剤有害事象の検索を!!
 高齢者が突然不穏状態になり騒ぎ出すと、「認知症の影響でしょう」と安易に判断されてしまい、原因の評価が十分になされることなく抑制や鎮静の指示が出されるだけで、その後に急変というアクシデントは多い。すでに認知症が指摘されている高齢者ではさらにリスクは高くなる。
 このようなエラーを回避するためには、認知症の有無にかかわらず、「人間は、(1)脳細胞へのエネルギー(酸素・ブドウ糖)が足りなくなる場合、(2)カテコラミンリリースの2つの機序で暴れる」という原則を認識し、高齢者が突然騒ぎだした(不穏)の場合は背後に急病の影があると考えなければならない。
(1)脳細胞へのエネルギー(酸素、ブドウ糖)低下で暴れる
・脳血流低下(ショックの初期症状)の可能性
・低酸素血症(窒息、呼吸不全の検討)の可能性
・低血糖
(2)カテコラミンリリースで暴れる
・重症感染症(呼吸器系、泌尿器系、胆道系、腹腔内、軟部組織、中枢神経)の可能性→qSOFAのチェックを
・心血管疾患(大動脈解離、急性心筋梗塞、急性心不全症候群)の可能性
を検討すること。特に発汗・冷汗、呼吸数増加はカテコラミンリリースを示唆する要注意の所見である
 薬剤の有害事象でも不穏を来す可能性がある(ほぼすべての薬剤にリスクがあると言える)。2つの重大な原因を除外できたら、薬剤をリストアップし最近開始された薬剤がないかをチェックすること。
高齢者の転倒は急病のサイン
パール3
高齢者の転倒は急病のサインと心得よ!!
外傷の評価だけで終わらせてはいけない。
背後に潜む
(1)バイタルサインの異常
(2)経過中の意識消失
(3)急速なADL低下
(4)薬剤服用歴
を確認し、「なぜ転倒したのか?」を考えること。
 高齢者(特に要介護高齢者)の転倒では生じた外傷よりも、転倒した原因に深刻な問題が存在することがほとんどである。要介護高齢者の転倒は急病のサインと認識しておいた方が良い。転倒の背後に潜む急病を見つけるためには、以下の4項目の確認が必須である。
(1)バイタルサインの異常
 発熱、体位による血圧変化が転倒の原因となる
(2)経過中の意識消失
 受傷機転が明らかでない転倒は失神の結果としての転倒の可能性がある。失神の評価(参照)を忘れない。
(3)急速なADL低下
 「ここ数日よく転倒する」は「急速なADL低下」と解釈しなければならない。高齢者の急速なADL低下は急病のサインと認識すべきである(参照)。急速なADL低下でのER受診では、重症感染症、心血管疾患(ACS、急性心不全症候群、急性大動脈解離)、慢性硬膜下血腫、貧血(背後に潰瘍出血、悪性腫瘍)だけは見逃したくない
(4)薬剤服用歴
 薬剤の有害事象(睡眠導入薬によるふらつき、利尿薬による脱水、抗不整脈薬による徐脈、起立性低血圧etc)で転倒すること、抗血小板薬や抗凝固薬の内服で、今後外傷の程度が悪化するリスクなどを検討しなければならない。
「良い医者に診てもらった」という印象を与える
パール4
全ての患者に治癒をもたらすことはできないが、全ての患者に親切にすることは可能である。
「良い医者に診てもらった」という印象を与えるように演じること。
 ERで全ての患者にエラーなく適切な診断と治療ができることが理想であるが、これを達成することは不可能である。しかし、全ての患者に親切にすることは可能であることを再認識しなければならない。
 疲弊した医療者は忘れてしまいがちであるが、ERを受診する患者は全員が何らかの不安や心配を抱えているのである。疲弊して接遇への配慮を誤ると不安や心配は容易に怒り転化し大きなトラブルを招く。トラブルはさらにスタッフを疲弊させ悪循環に陥る。
 医学的には不当と思われる要求であっても、「なぜそのような要求をするのか?」を考え、患者さんや家族の感情に配慮し「最初に患者を批判せず、まず共感する態度を示すこと」は必ず自分にとって良い結果につながる。接遇とは患者のためだけでなく、自分を守るためのツールと心得たほうが良い。
 疲弊している時に接遇を考えるのは難しいが、「演技力を磨く」と考えれば良い。筆者は指導医から、医師とは何回も癒し屋を演じなければならない職業なのだと教わった。最初は演技であったとしても、何回も「良い医者に診てもらったと思わせるように」演じているうちに演技が板についてくるものである。
 医療者の言葉が与える影響は大きい。せっかくなら良い方向に影響力を及ぼしたいものだ。「良い医者に診てもらった」という印象を与えること。仮にそれが錯覚であったとしても。
(4月13日、診療内容向上研究会より、小見出しは編集部)
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