兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2019.05.11 講演

[保険診療のてびき]
高齢者の糖尿病対策
~安全かつ良質な糖尿病治療を目指して~ (2019年5月11日)

国立国際医療研究センター病院 副院長・糖尿病内分泌代謝科診療科長 梶尾  裕先生講演

はじめに
~わが国の高齢者糖尿病~
 国民健康・栄養調査(2017年度)によると、「糖尿病が強く疑われる者」の割合は男性18.1%、女性10.5%ですが、70歳以上では男性で25.7%、女性で19.8%と年齢が高い層で割合が高くなっています。わが国の高齢化率は上昇しており、現在、兵庫県では25%に達し、高齢者糖尿病もますます増えています。
 高齢者糖尿病の特徴として、(1)食後の高血糖や低血糖が起きやすい、(2)低血糖時に非定形症状が多く悪影響(うつ、QOL低下、転倒、骨折、認知症、心血管疾患、死亡など)が出やすい、(3)糖尿病の合併症(最小血管症、大血管症)の頻度が高い、(4)老年症候群(フレイル、サルコペニア、ADL低下、認知症・認知機能低下など)の合併頻度が高い、(5)腎機能低下、多剤併用などで薬物の有害作用が出やすい、があります。これらを踏まえた対策が必要です。
高齢者糖尿病の診断と治療のための総合機能評価
 高齢者糖尿病の診断基準は成人の場合と同様です。高齢者の場合、糖尿病合併症の予防だけではなく、心身機能・QOLの保持(老年症候群の予防)、重症低血糖などの有害事象の軽減が治療の目的となります。そのために、多職種で高齢者総合機能評価(Comprehensive Geriatric Assessment:CGA)を行い、身体、認知、心理、栄養の状態とともに薬剤、社会・経済状況などを総合的に評価し、対策を立てます。認知機能は自己管理に影響し、HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)、MMSE、MOCA-J、DASC-21などで評価します。ADLは、手段的ADL(買い物、服薬管理など)と基本的ADL(更衣、移動など)に分けて評価します。
高齢者糖尿病の血糖コントロール目標と治療方針
 血糖コントロールの目標値の設定は、認知機能、ADL、併存疾患・機能障害の3要素からカテゴリー分類を行い、そのカテゴリー分類と年齢、重症低血糖が危惧される薬剤の使用の有無を組み合わせて行います(図)。カテゴリー分類のためにDASC-21の短縮版のDASC-8が有用です(表)。低血糖は転倒、骨折、認知症、心血管疾患、死亡のリスクファクターであり、糖尿病負担感の増加、うつ、QOL低下を来します。高齢者糖尿病においても合併症予防の目標はHbA1c7.0%ですが、薬物療法がないか薬剤の副作用なく達成できれば6.0%未満、治療の強化が難しい場合は8.0%未満とし、カテゴリーⅢでは、患者の状況によっては8.5%未満を目標とする場合もあります。重症低血糖が危惧される薬剤を使用している場合、目標値の下限の設定をします。
 個別対応が重要で、CGAを用いて各領域の治療や生活上での問題点を明らかにし、患者や家族の希望、患者や介護者の治療の負担などを考慮し、ポイントを絞って治療方針を決めます。患者だけではなく介護者の教育も必要です。
高齢者糖尿病の食事療法
 高齢者においても適正な総エネルギー摂取とバランスの取れた食品構成が重要です。高齢者は低栄養になりやすく、体重、筋力などの推移を観察して適宜変更します。低栄養やそのリスクがある患者では、比較的多めのエネルギー摂取が必要です。厳格な食事制限はサルコペニアを悪化させる可能性があり、運動療法を併用し、筋肉量を減らさないよう指導が必要です。減塩は心不全や腎不全を合併していると必要ですが、食事摂取量やQOLの維持に配慮した減塩が大切です。
 タンパク質摂取不足はフレイル・サルコペニアの危険因子であり、重度の腎機能障害がなければ、十分なタンパク質を摂ることが推奨されています。
高齢者糖尿病の運動療法
 糖尿病患者では非糖尿病患者よりも年齢とともに筋力、筋肉量の低下が進みやすく、身体活動(生活活動と運動)を維持、増進させることが大切です。定期的な身体活動や歩行などの運動は、糖尿病の改善だけでなく、生命予後、ADLの維持、認知機能低下の抑制にも効果があります。運動には有酸素運動、レジスタンス運動、バランス運動、ストレッチがありますが、うまく組み合わせることが大切です。レジスタンス運動(筋力トレーニング)は血糖を改善するとともに、除脂肪量や筋力を増やし、脂肪量を減らします。特に、フレイルな高齢者にとってレジスタンス運動は重要です。バランス運動は転倒リスクの軽減など生活機能の維持、向上に有用です。留意すべきことは、特に高齢者では運動療法を禁止あるいは制限した方が良い場合があることです。運動指導前のメディカルチェックは重要です。身体機能やADLが低下している場合、身体機能向上のために、歩行を中心とした単純運動や生活活動の増加を図ることが大切です。
高齢者糖尿病の薬物療法
 高齢者糖尿病の薬物治療に際しては、認知機能やQOLを維持する観点から、低血糖を極力避けながら高血糖を緩やかに是正することが重要です。特に、高齢者では、薬剤の代謝が遅くなっており、低血糖をはじめとする有害作用が強く出やすく、また服薬薬剤数の増加は服薬アドヒアランスの低下を招き、高血糖や腎症、死亡のリスクが高まります。治療にあたっては、患者の状態を評価し、患者や介護者の状況に即し、薬剤の特徴に配慮して治療薬剤や治療目標を決める必要があります。
 高齢者では特に、低血糖(SU薬、グリニド、インスリン)、腎機能障害(SU薬、メトホルミンなどのビグアナイド薬)、骨折や心不全(チアゾリジン)、脱水やサルコペニア(SGLT-2阻害薬、GLP-1受容体作動薬)、消化器症状(ビグアナイド薬、α-GI、GLP-1受容体作動薬)などに注意が必要です。ビグアナイド薬は全身状態不良、外科手術、造影剤使用の検査の際は適切に中止し、SGLT-2阻害薬は尿路・性器感染症では注意が必要です。また、シックデイや低栄養の際には、全ての薬剤について病状に応じて慎重な対応が必要です。
おわりに
~糖尿病の死因に関する委員会報告から~
 高齢者の糖尿病対策として、安全かつ良質な糖尿病治療を目指すためには、死因に関する分析も重要です。日本糖尿病学会「糖尿病の死因に関する委員会」によると、2001~2010年の10年間では、一般日本人と比べると、男性で8歳、女性で11歳短命で、平均死亡時年齢は男性71歳、女性75歳でした。死因では、血管障害(腎不全を含む)が、1971~1980年までの41.5%から14.9%まで減少し、一般日本人の18.8%よりも低く、虚血性心疾患が4.8%に過ぎず、治療内容の変化を反映しているのかもしれません。
 一方、がんと感染症が増加しており、がんは第1位になり、1971~1980年の25.3%から38.3%に増加し、一般日本人の29.5%よりも高率でした。また、感染症も年々増加し、1971~1980年より2倍近く増加し、17.0%でした。その7割が肺炎で、高齢糖尿病患者の増加に伴う肺炎の増加と推測されます。肺炎の増加の原因についてはさらに検討が必要です。
 高齢者の糖尿病対策は、患者だけではなく介護者も含めて、総合的な観点から問題点を明らかにし、個別で丁寧な対応がますます求められています。
(5月11日、神戸支部研究会より)

参考文献
1)日本糖尿病学会・日本老年医学会編・著、高齢者糖尿病治療ガイド2018、文光堂、東京、2018
2)日本老年医学会・日本糖尿病学会編・著、高齢者糖尿病治療ガイドライン2017、南江堂、東京、2017
3)中村二郎他:-糖尿病の死因に関する委員会報告-アンケート調査による日本人糖尿病の死因-2001~2010年の10年間、45,708 名での検討-.糖尿病59(9):667~684,2016

表 認知・生活機能質問表(DASC-8)
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図 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)
1927_02.gif
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