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学術・研究

医科2019.10.19 講演

世界初マイクロ波マンモグラフィの開発
[支部研究会より](2019年10月19日)

神戸大学数理データサイエンスセンター 教授  木村建次郎先生講演

背景
 近年、既存の乳がん検診の世界標準であるX線マンモグラフィの有効性が大きく疑問視されている。50歳未満のアジア人女性の79%、欧米人女性の61%、黒人女性の56%、ヒスパニック女性の55%が高濃度乳房というタイプの乳房を持っていることが明らかとなり1)、X線マンモグラフィにて撮像した場合、乳房全体が白濁したコントラストとなる。
 非高濃度乳房との物質上の違いは、乳房内で乳房全体にネット状に存在しているコラーゲン繊維の存在の有無である。高次構造をもつコラーゲン繊維は、乳房の他の組織を占める有機組織に比べて電子密度が高く、X線の遮断材料となる。コラーゲン繊維が豊富に存在する若年層の女性では、乳がん組織が存在した場合、コラーゲン繊維にX線が遮断され、乳がん組織のコントラストを得ることができない。すなわち白紙の画像となってしまう。
 X線の透過像をさまざまな角度から撮影するCT法に拡張した場合も同様である。CT法では、複数の透過画像から、ラドン変換により、3次元画像を構築するが、白紙を何十枚、何百枚合成しても白紙であり、映像化は不可能で、情報が存在しないものを無数に集積しても意味がない。
 高濃度乳房に対するX線マンモグラフィの代替としてしばしば超音波関連技術が用いられるが、コラーゲン繊維、乳腺や脂肪等、乳房を構成する構成要素のサイズから、体積比率を概算するとその大半が脂肪となり、超音波は著しく減衰するため、低S/N、低コントラスト比が原理的課題となる。その他の乳がん検診装置として核磁気共鳴画像法(MRI)やポジトロン断層法(PET)が挙げられるが、前者はガドリニウム造影剤による副作用2)、後者は著しい放射線(光子のエネルギーは紫外線の約10万倍のエネルギー)による被曝が問題となる。
マイクロ波と乳房
 乳房を電磁物性論的見地から考察すると、乳房を構成する物質の大半は低導電率、低誘電率であり、がん組織が高誘電率物質であることから、マイクロ波を用いた乳がんイメージング技術-マイクロ波マンモグラフィの実現が、他のモダリティを凌駕し高濃度乳房の問題も解決すると期待されている。マイクロ波では、媒質の導電性と"媒質と対象物質間の比誘電率の差"が有用性の判断の重要な物理パラメータとなるが、乳房は、主要組織である脂肪や、前述したX線の遮断材料であるコラーゲン繊維は構造上、低導電性であるため、マイクロ波が深部にまで減衰することなく到達することになる。さらに、新生血管、がん細胞の存在により、高い比誘電物となるがん組織と、正常組織の界面では、比誘電率差からマイクロ波の強い反射が生じ、乳房のグローバルランドスケープを得て、正確な乳がん組織の存在箇所を特定することができると考えられる。
多重経路散乱場理論の確立とマイクロ波マンモグラフィの実現
 マイクロ波マンモグラフィの実現に際しては、乳房の表面からマイクロ波を乳房内に送信し、乳がん組織によって散乱したマイクロ波の観測結果から、乳がん組織の3次元構造を映像化する必要がある。この散乱した波動の観測結果から、散乱体の構造を決定する問題は、"散乱の逆問題"といわれ、有効な解析法が存在しない、応用数学史上の未解決課題として知られている。
 近年われわれは、"散乱の逆問題"を世界で初めて解析的に解く、多重経路散乱場理論の確立に成功し、トモグラフィ分野に革新がもたらされた3)、4)。本理論では、物体表面に到達した散乱波動の観測結果を境界条件として、"多次元空間の散乱場の方程式"を解くことによって、散乱場の構造を導き、時間と空間の極限操作によって散乱体の3次元構造を完全に決定することができる。
 本理論はもちろん、電磁波、超音波、電子波など、あらゆる波動に適用、物体内部の3次元構造を理論的に完全に決定することができ、ラドン変換のみであった透過線に基づくトモグラフィ理論に、散乱波動によるトモグラフィ理論を世界で初めて確立したことになる(図1)。
 われわれは、本理論の確立とともに、さらに世界最高性能のスペクトラム拡散通信理論を用いた超広帯域レーダを開発し、マイクロ波マンモグラフィを開発し(図2)3)-11)、これまでに350人を超える臨床試験を実施し、その臨床試験において、高濃度乳房を含む全てのタイプの乳房で高い乳がん検出感度を有することが示された(図3)。
(2019年10月19日、神戸支部第40回総会記念講演より)

参考引用文献
1)Tice, Jeffrey A., et al. "Using clinical factors and mammographic breast density to estimate breast cancer risk: development and validation of a new predictive model." Annals of internal medicine148. 5(2008):337.
2)鳴海善文ら、"非イオン性ヨード造影剤およびガドリニウム造影剤の重症副作⽤および死亡例の頻度調査"、日本医学放射線学会雑誌 65巻3号(2005. 07)
3)木村建次郎ら、"リアルタイムマイクロ波マンモグラフィの研究開発"、総務省ICTイノベーションフォーラム2016【戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)】(幕張メッセ)、予稿集C-2 P26-27,2016年10月4日
4)第一回日本医療研究開発大賞日本医療研究開発機構理事長賞、(総理官邸)、2017年12月13日、https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/suisin/pdf/h29_iryoukenkyu_taishou.pdf
5)Kenjiro Kimura, et al. "Development of microwave scattering field tomography for next-generation breast cancer screening", MNC 2018, 31st International Microprocesses and Nanotechnology Conference, Sapporo Park Hotel, 16C-9-1, November 16, 2018.
6)木村建次郎ら、"乳癌スクリーニングのためのマイクロ波散乱場断層イメージングシステムの開発"第64回応用物理学会春季学術講演会(パシフィコ横浜)、17a-F205-12,2017年3月17日
7)Kenjiro Kimura, et al. "Development of Microwave Scattered Field Tomographic Imaging System and Clinical Trial Results",第26回日本乳癌学会学術総会(国立京都国際会館)、ISY-2-04-2、予稿集P259,2018年5月17日
8)稲垣明里ら、"乳癌切除標本における比誘電率計測と非侵襲マイクロ波散乱場断層イメージングに関する研究"、第26回日本乳癌学会学術総会(国立京都国際会館)、GP-3-40-2、予稿集P772,2018年5月18日
9)木村建次郎ら、"マイクロ波散乱場断層イメージングシステムの開発"、第40回日本乳腺甲状腺超音波医学会学術集会(京王プラザホテル)、SY1-2、予稿集P35,2018年3月24日
10)木村建次郎ら、"マイクロ波散乱場断層イメージングシステムの開発と高濃度乳房における乳癌映像化への応用"第25回日本乳癌学会学術総会(マリンメッセ福岡・福岡国際会議場)、DP3-66-05、抄録集P416,2017年7月15日
11)木村建次郎ら、"微弱電波を用いた非侵襲乳癌画像診断法の開発-高感度乳癌検出を目指して-"、第25回日本乳癌検診学会学術総会(つくば国際会議場)、O-104、会誌第24巻3号P522,2015年10月30日
12)木村建次郎ら、"リアルタイムマイクロ波マンモグラフィの開発"、第62回応用物理学会春季学術講演会(東海大学湘南キャンパス)、14a-D6-9,2015年3月14日

図1 神戸大木村らによる多重経路散乱場の逆解析理論の発明とトモグラフィ分野におけるブレークスルー
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図2 マイクロ波マンモグラフィにおける測定の様子
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図3 臨床研究における乳房内3次元誘電率分布計測結果
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