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学術・研究

医科2019.11.16 講演

「HPVワクチン−わかっていることを踏まえてどうすべきか−」講演(2)
HPVワクチンの積極的勧奨一時差し控え継続が生む子宮頸がん罹患リスクの世代間格差
[特別研究会より](2019年11月16日)

大阪大学 産科学婦人科学  上田  豊先生講演

本邦における子宮頸がんの実情とHPVワクチンを取り巻く環境
 大阪府がん登録データを用いた解析で、子宮頸がんの年齢調整罹患率は2000年以降、それまでの減少傾向から増加に転じていることが明らかになっている。特に近年の女性の晩婚化・晩産化と相まって、平均第一子出産年齢より若くして子宮頸がんに罹患するケースが急増している(図1)。
 本邦においては、HPVワクチンによる子宮頸がん予防に期待がかけられていた。2010年度に13歳~16歳を対象とした公費助成が開始され、2013年4月からは12歳~16歳を対象として定期接種となった。しかし、いわゆる副反応報道が繰り返し行われ、同年6月には厚労省から積極的勧奨の一時差し控えの声明が発出された。以降、6年を超えて継続されている。結果として1994~1999年度生まれは約7割の接種率で、2000年度生まれ以降はほとんど接種していないという世代間格差が生じている。
HPVワクチンの安全性と有効性
 HPVワクチンの安全性・有効性はすでに海外では広く示されており、WHOは日本の積極的勧奨一時差し控えを痛烈に批判し、将来真の害を生み出すことにつながり得るものであるとの懸念を表明している。本邦においても、祖父江班で実施された安全性に関する全国疫学調査についてはすでにその結果が公表され、HPVワクチン接種歴のない者においても「多様な症状」を有する者が一定数存在することが示されている。さらに、名古屋市の行った「子宮頸がん予防接種調査」においては接種者と非接種者での比較が行われ、ワクチン接種者と非接種者において24症状の発現頻度(年齢調整後)に有意な差は検出されないことが判明している。
 また、有効性についても、榎本班において行われているOCEAN STUDY(大阪産婦人科医会)の中間解析では、20歳・21歳の検診において、高リスク型のHPV感染率は非接種者では19.7%であったのに対して接種者で12.9%と、接種群で有意に低く、特にHPV-16・18型に限れば接種者には1例も感染を認めなかった。各地の子宮頸がん検診のデータからもHPVワクチンの子宮頸部細胞診異常、さらには前がん病変の予防効果も示されている。
このまま積極的勧奨が再開されなければ
 1994年度~1999年度生まれの女子では、公費助成時代のHPVワクチンの高い接種率によりHPV感染リスクが著明に減少し、将来の子宮頸がん罹患リスクが減少することが確実である。しかし、2000年度以降生まれの女子ではワクチン接種はほぼ停止状態であり、特に2000~2002年度生まれの女子は今年度すでに17歳以上となる。すなわち、ワクチン接種を見送ったまま対象年齢を越えてしまっているのである。
 今後、積極的勧奨が再開されても定期接種としてのHPVワクチンの接種ができず、将来のHPV感染・子宮頸がん罹患リスクは、ワクチンがなかった時代と同程度に戻ってしまうのである。積極的勧奨の再開が遅れれば遅れるほど、ワクチンの導入でせっかく低下した子宮頸がんの罹患リスクがもとに戻ってしまう生まれ年度が次々に出現していくことになる。
母親の意思決定メカニズムと医師の果たすべき役割
 対象年齢の娘をもつ母親を対象にしたインターネット調査では、娘のHPVワクチン接種に課す条件として、実に51%の母親が「同世代の多くの子の接種」を挙げた(図2)。同調効果と評される意思決定メカニズムである。行動経済学的には、娘に接種できない母親においてはワクチン接種は「今の健康を害するもの」という損失局面で捉えていると考えられる。これを、「将来の健康を守るもの」という利得局面での意思決定に導くにはどうすればいいのか。インタビュー調査にて、子宮頸がんの身近さ・重篤さやワクチンの重要性を医師からしっかり伝えていくことがその一つの解決策と考えられた(図3)。
 厚労省の調査では、対象年齢の娘をもつ母親において、HPVワクチンの情報をかかりつけ医から聞きたいと考えている割合が多い。かかりつけ医からの適切な情報提供は、HPVワクチンの再普及のみならず、様々な健康意識の向上などにもつながっていくものと考えられ、かかりつけ医にかかる期待は大きい。
(2019年11月16日、特別研究会より)


図1 子宮頸がん~罹患年齢分布の推移~
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図2 娘のワクチン接種に課す条件
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図3 ワクチンの認識を損失局面から利得局面へ
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