医科2020.03.01 講演
『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019』にもとづく咳嗽・喀痰患者の診療
[臨床医学講座より](2020年3月1日)
滋賀医科大学医学部附属病院 呼吸器内科 長尾 大志先生講演
咳嗽・喀痰を主訴とする症例の診断・治療は奥深く、難しいと感じておられる方も少なくないかもしれません。『咳嗽・喀痰のガイドライン2019』を参考に、咳、痰の鑑別について今一度勉強しましょう。特に慢性咳嗽の症例は鑑別診断も多く、疾患概念が混乱したり、診断や治療法も新たなエビデンスが出てきたりとごちゃごちゃしているところがありますので、主にガイドラインを紐解きながら、なるべく明確な方針を考えていきたいと思います。急性の咳症例の鑑別
そうは言っても、まずは急性の咳、数日の経過で受診する咳症例の鑑別を取り上げます。急性の咳というのは、多くは風邪(急性上気道炎)、ガイドラインの中では『狭義の感染性咳嗽』と言われています。これは、咳嗽以外に発熱、鼻汁、くしゃみ、鼻閉、咽頭痛、嗄声、頭痛、耳痛、全身倦怠感などといった症状を伴う、または先行するもので、参考所見として周囲に同様の症状の人がいる、咳嗽に好発時間はないことが多い、そして胸部X線写真や胸部CTで、肺炎、結核、腫瘍などの咳嗽の原因となる陰影を認めない、そのようなものをいいます。感染症に伴う咳嗽は、すべて広義の感染性咳嗽ということになっていますが、狭義の感染性咳嗽、すなわち風邪のようなもので、かつ症状がピークを過ぎているようなものはもう大丈夫、抗菌薬は使わなくてもいい、と言い切っています。これは昨今の耐性菌対策で、感冒に抗菌薬を使わない、という政策と一致しているところです。
のみならず、対症療法のエビデンスも、総合感冒薬をはじめとして、もはやかなり怪しいということになっていますが、先生方もいくつか処方はされていると思います。そこに関しては使わない、ということにはなっておりません。
狭義の感染性咳嗽以外の、抗菌薬の必要な上気道感染には副鼻腔炎、咽頭炎、気管支炎と肺炎があります。これらにはアモキシシリンなど狭域の抗菌薬で対処可能なことが多いです。また、急な咳を呈する危険な疾患には、喘息発作・COPDの増悪、間質性肺炎の急性増悪、それから肺血栓塞栓症・心不全等がありますが、これらを見逃さないためには病歴、聴診、胸部X線写真、それに呼吸数・SpO2といったバイタルサインを注意して確認しておきたいものです。
慢性咳嗽の鑑別は要注意
遷延性・慢性(3週間以上続く)と呼ばれる咳を呈する疾患は多く、鑑別には注意を要します。大事なことはまず医療面接、身体所見に加えて、慢性の場合にはできる限り胸部X線写真を撮ることです。胸部X線写真を撮ることで診断に至る疾患がいくつか(COPD、心不全、肺結核・肺非結核性抗酸菌症・気管支拡張症、肺癌(無気肺・胸水)、間質性肺炎など)ありますので、こういったものをきっちり鑑別します。胸部X線を見るコツとしては、慢性咳嗽の患者さんで、肺野の病変であれば間質性肺炎や結核などの病変、肺癌や肺結核は太い中枢の気管支付近の縦隔リンパ節腫脹や肺門リンパ節腫脹、肺門付近の腫瘤影などを見逃さないように注意します。胸部X線写真を撮影しても、その原因が容易に特定できない咳嗽に区分されているものとして、喀痰のある副鼻腔気管支症候群や後鼻漏、喀痰のないものが咳喘息・アトピー咳嗽/喉頭アレルギー・GERD・感染後咳嗽として挙げられています。これらの鑑別には医療面接で特徴的な病歴を聴き取ることができると有用です。多くの慢性の咳で悩んでいる患者さんにとって、咳の診断・治療ができる恩恵は大きいと考えますので、代表的な病歴を列挙します。
咳喘息:同じepisodeが繰り返すか。on-offがあるか(変動性)。強い時間帯(夜~明け方)。明らかな誘因があるか。
GERD:胸焼け、呑酸などGERの食道症状。咳払い、嗄声、咽喉頭異常感などGERの咽喉頭症状。咳が会話、食事中、体動・就寝・起床直後、上半身前屈、体重増加などのタイミングで悪化(夜間の咳はない/少ない場合が多い)。
感染後咳嗽:吸気性笛声。発作性の連続性の咳き込み。咳き込み後の嘔吐。無呼吸発作。
GERD:胸焼け、呑酸などGERの食道症状。咳払い、嗄声、咽喉頭異常感などGERの咽喉頭症状。咳が会話、食事中、体動・就寝・起床直後、上半身前屈、体重増加などのタイミングで悪化(夜間の咳はない/少ない場合が多い)。
感染後咳嗽:吸気性笛声。発作性の連続性の咳き込み。咳き込み後の嘔吐。無呼吸発作。
咳喘息ではICS/LABAを治療効果による診断確定のために使ってみることが多いと思いますが、必ず変動性を確認して使うことが大切です。そして良くなったら診断確定とし、しっかり管理をしていきます。
GERDの場合、治療効果による診断確定のためにPPIを投与するわけですが、PPI単独ではなかなか効果が出にくいこともしばしば経験され、PPIを高用量から使用することや、消化管運動機能改善薬の併用といったことも必要です。また、喘息などとの合併例では両疾患の治療を十分行わないと症状が改善しないことが多いので、合併例であっても各々の診断が重要です。
感染性咳嗽であるマイコプラズマ感染症・百日咳は結局のところ極期を過ぎると勝手に良くなるので、これは必ず良くなる症状であるということをしっかり説明する、「説明の処方」が重要と考えます。
それ以外に多い疾患として、後鼻漏に関して疑うポイントとして、持続する湿性咳嗽で夜間に多い、繰り返される咳払い、「鼻の奥に降りてくる感じ」「垂れてくる感じ」といった後鼻漏の訴えが特徴的とされています。特異的治療の例として、従来型の副鼻腔炎⇒マクロライド系抗菌薬単独もしくは喀痰治療薬併用、季節性アレルギー性鼻炎・通年性アレルギー性鼻炎⇒抗ヒスタミンH1受容体拮抗薬・点鼻ステロイド薬、慢性鼻咽頭炎⇒抗菌薬・免疫溶解薬・消炎酵素薬があります。各病態に対する数日から数週間の特異的治療により、後鼻漏と咳嗽が軽快もしくは消失するならば、治療効果による診断確定とします。
難治性の咳の新たな概念
これら、色々なスキルを駆使しても解決しない咳というのも、実際臨床の中ではしばしば遭遇するかと思います。新たな概念としてガイドラインではUCC(Unexplained chronic cough):原因疾患が明らかではなく、十分な治療によっても持続する慢性咳嗽、CHS(Chronic(cough)hypersensitivity syndrome):低レベルの温度・機械的・化学的刺激を契機に生じる難治性の咳を呈する臨床的症候群として紹介しています。あえてこう言った言葉で難治性の咳を呈する一群を認識するようにしたというのも、ガイドラインの功績ではないかと考えます。(3月1日、臨床医学講座より、小見出しは編集部、肩書きは当時のもの)