医科2020.07.11 講演
皮膚科領域の感染症(真菌症・梅毒を中心に)
-基礎から最近の話題まで-
[診内研より515](2020年7月11日)
神戸市立医療センター中央市民病院皮膚科部長 長野 徹先生講演
今回の講演では梅毒および皮膚真菌症、とくに臨床の現場で比較的遭遇しやすい疾病について、最近の治療法も含め概説させていただきました。梅 毒
"He who knows syphilis knows medicine"「梅毒が分かれば医学が分かる」。これは、近代医学の祖の一人と言われるウイリアム・オスラー医師が20世紀のはじめに言った言葉だそうです。梅毒の皮膚症状・臨床所見はきわめて多彩でさまざまな疾患を鑑別診断として考えねばなりません。逆にある疾患を想定した場合、梅毒を鑑別疾患に含める必要があるということを示唆していると思われます。教科書的にはTreponema pallidumの感染による疾患であり、感染経路は性交渉+経胎盤感染、潜伏期間は約3週と言われています。
臨床病期は1-4期に分かれ、
1期:無痛性初期硬結 硬性下疳、所属リンパ節腫脹(無痛性) 3週-3月
2期:バラ疹・丘疹性梅毒・梅毒性乾癬、脱毛、扁平コンジローマ 6週-3年
3期:結節性梅毒・ゴム腫 3年-10年
4期:脊髄癆・進行麻痺(中枢神経症状・大動脈炎)
となりますが3期以降は現代の日本ではまず見ることがありません。
注意すべきは1期疹は自然消褪することですが、女性の場合は1期疹に気づくことが比較的少なく、われわれが目にするのは主に2期疹ということになります。
1999年施行の感染症法により、梅毒は全数把握対象疾患の5類感染症に定められ、診断した医師は7日以内に管轄の保健所に届け出ることが義務付けられました。小流行を認めながら全体として減少傾向でしたが、2010年以降増加に転じ、本年に至るまで報告数が急増しています。
最近の梅毒検査のトピックスとしては脂質抗原法・TP抗原法(TPHA、TPLA)の両方に自動化法が導入されたことかと思います。従来は両方とも倍数希釈法、判断に迷う場合はPCRですが、保険適応ではなく一般的ではありません。自動化法は患者血清中の特異抗体が抗原抗体反応をおこすと凝集し、その濁度の変化を吸光度で測定するものです。
連続値として表示されますが、これをどのように用いるか具体的な指標を示したガイドラインは存在しません。倍数希釈法に比べ梅毒感染早期に陽転化、治療により陰転化しやすいとされています。2018年版性感染症学会ガイドラインではRPR法の自動化法で治療前値のおおむね2分の1に、倍数希釈法では4分の1に低下していれば治癒との判定に変更されています。最近では自動化法の一部で(特にTPLA)でRPRの陽転化に先行して陽転化が起きることが知られており要注意と考えます。
皮膚真菌症
1)カンジダ性皮膚疾患Candida属の酵母様真菌による皮膚・粘膜の感染症で皮膚の湿潤が誘因となって発症します。
カンジダ性間擦疹、乳児寄生菌性紅斑、カンジダ性指間びらんなどが代表的疾患ですが、白癬と異なり局所、あるいは全身の免疫不全が原因となります。カンジダ性間擦疹は、間擦部やオムツの使用などによる皮膚の湿潤が誘因となります。境界明瞭な膜様の鱗屑をつける紅斑として見られ、しばしば小膿疱を伴います。
乳児寄生菌性紅斑は乳児のオムツ内、体幹に好発します。周囲衛星病巣を伴った鱗屑の付着した小紅斑ないし小膿疱として認められます。下痢による汚染、発熱による入浴制限、湿疹と誤診されてのステロイド外用にて増悪します。カンジダ性指間びらんは指間に限局した潮紅の強いびらんで、周囲に浸軟した落屑を認めます。水仕事の多い主婦、調理師の第三指間に好発し違和感、痛みないし軽い灼熱感を訴えることが多いです。
治療はKOH直接鏡検にて菌要素を証明したのち、アゾール系抗真菌剤、生活指導による清潔、乾燥ということになります。
2)癜風・マラセチア毛包炎
Malassezia globosaによる皮膚症ですが、癜風は毛包内の胞子が開口部で菌糸型となり発症し、マラセチア毛包炎は毛包内、特に毛漏斗内で胞子のみが繁殖するため菌糸は認められない(酵母型)もので同一菌種による疾患ですが、臨床像が全く異なります。
癜風は青年期以降の成人の胸部背部に多発する自覚症状のない境界明瞭な褐色の色素斑ないし脱色素斑です。一方マラセチア毛包炎は背部、胸部を中心に肩から前腕にいたる毛包炎で、中心が黄色でやや光輝性、辺縁にかけて赤いドーム状の丘疹です。ともに治療はイミダゾール系抗真菌剤を外用します。
白癬症
1)足白癬足白癬は趾間型、小水疱型、角質増殖型の3型が中心ですが、しばしば混在します。原因菌はT.rubrum、T.interdigitaleが中心です。
小水疱型では小水疱が集簇、あるいはおおむね環状に配列し落屑や水疱周囲に発赤を認め、小水疱が生じる際に強いかゆみがあります。病巣の掻破にてしばしばびらん面を生じます。治療としては趾間型の場合、びらん面がなければ数カ月の抗真菌剤外用、びらん面のある場合は5本趾靴下使用、抗生物質軟膏、時にステロイド軟膏の外用、亜鉛華軟膏外用などを組み合わせ、乾燥を図ります。局所の状態が改善した後、検鏡を再度行い陽性の場合は、抗真菌剤外用を開始することになります。
2)頭部白癬
通称"しらくも"と呼ばれます。10歳以下の小児に多く、誘因としてペットの飼育、掻破、ステロイドの誤用が挙げられます。
頭部に境界明瞭な類円形、粃糠様鱗屑伴った不完全脱毛斑を認め、病巣内毛髪は白変、短切し容易に抜けます。M.canisが原因菌の場合炎症症状が強くケルスス禿瘡に移行しやすいとされており、イトラコナゾール、テルビナフィン内服にて加療します。軽症でも外用療法は行わない点が重要です。
最近頭部白癬の中でも注意すべきものとしてT.tonsuransによるものがあります。もともと南北アメリカ、欧州では頭部白癬の起因菌でしたが、本邦で格闘技愛好家中心に10数年前から感染が拡大し、家族にも二次感染を起こしています。好人性、毛髪向性が強く、症状は軽微ですが感染力は強く、無症候性キャリアが多数いることが推測されます。
3)爪白癬
成年の男女に多く、年単位で慢性に経過します。主として遊離縁から爪甲が肥厚、混濁、脆弱となります。爪甲下角質増殖をともない、時に褐色になりますが、根部から白濁、楔状に白濁するものもあります。原因菌としてはT.rubrum、T.interdigitaleが中心ですが足白癬と異なり5:1くらいの割合でT.rubrumの頻度が高いとされています。
最近ではテルビナフィン内服、イトリゾールパルス療法に加え、ルリコナゾール、エフィナコナゾール外用あるいはラブコナゾール内服など新規薬剤が登場し、患者希望またはコンプライアンスに合わせての治療が可能になっています。
最後に
梅毒については、まず疑うことから鑑別診断がはじまります。通常の湿疹、あるいは乾癬と片づけず、一歩引いて考えることが必要です。真菌症も同様ですが、こちらは逆に足白癬、爪白癬と決めつけず、一歩引いて(できれば真菌検査を行って)、鑑別診断を考えることが重要です。それでも難渋する症例がありましたら神戸市立医療センター中央市民病院皮膚科へご紹介いただけますようお願いいたします。(7月11日、診療内容向上研究会より)