医科2021.06.05 講演
医療関係者のための「やさしい日本語」(下)
医療現場における「やさしい日本語」
[国際部研究会より 2] (2021年6月5日)
聖心女子大学現代教養学部日本語日本文学科教授 岩田 一成先生講演
医療現場の言葉
後半は、岩田が「医療現場における『やさしい日本語』」というタイトルで研修を担当した。日本人にとってでさえ医療現場の言葉づかいが難しいことはすでに指摘がある。例えば、「イレウス、寛解、QOL、エビデンス、プライマリーケア」と言った語彙は、日本人の30%も理解できないことが分かっている(国立国語研究所 2009年『「病院の言葉」を分かりやすくする提案』)。また、医療関連語彙は漢語(飛沫感染など)、外来語(セカンドオピニオンなど)、アルファベット用語(HIVなど)と専門用語が使われているが、漢語が比較的理解が難しいということも分かっている(国立国語研究所 2005年『外来語に関する意識調査Ⅱ(全国調査)』)。このように、医療の言葉は、一般の日本人でも難しい。外国人であればなおさらである。各自治体が行っている外国人調査では、必ず医療機関の言葉が難しいという意見が上位に来る。なお、全体として外国人は若い世代が来ているため健康な者が多い。医療制度が分かりにくいこともあり、簡単には病院に行かない。病院に来るときは、症状が重いときだという前提で対応した方がいいと言える。
「やさしい日本語」とは
「やさしい日本語」とは、外国人でも分かるように分かりやすく話す(書く)日本語のことである。外国人というのはあくまで例えで、誰にでも分かりやすいというニュアンスがある。日本語を母語としない方、高齢者、障がいのある方など、さまざまな方に用いられている。「やさしい日本語」という発想が普及したのは90年代の阪神・淡路大震災以降である。当時、外国人が日本人よりも大きな被害を被ったのだが、その原因の一つはコミュニケーションにあったと言われている。そこで分かったことは、外国人とのコミュニケーションに英語があまり使えないこと、日本語もそのままでは使えないことである。ところが日本語をやさしく話せばうまくいくことも分かった。研修ではさまざまなデータを示したが、日本語ができる人は在住外国人の8割以上いること、平仮名が分かる人は85%程度いることが分かっている(ローマ字は5割程度)。
「やさしい日本語」の広がり
情報を分かりやすく伝えましょうという運動は、世界の流れである。plain languageと呼ばれる運動は、難解な言い回しで情報弱者を煙に巻いてはいけないという発想で広く普及している。アメリカなどは、2010年に公務員が「やさしい英語」を使うことが法制化されている。こういった運動の典型例であり、成功例はSDGsである。あれだけ複雑な概念をシンプルなイラストと簡潔なメッセージで伝えている。根幹にあるのはplain language であり、「誰も取り残さない」という理念との相性も抜群である。日本国内に目を向けると、2019年に入管法が改正されたことにより、出入国在留管理庁から『生活・仕事ガイドブック』(やさしい日本語版)が公開され、国が動き始めた。そして直後に出た外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議による『外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(改訂)』では、「やさしい日本語」の活用が明記されることになる。それを受けて、2020年に出入国在留管理庁と文化庁が共同で『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』を作成した。今や出入国在留管理庁の職員研修のプログラムに「やさしい日本語」が入るに至っている。
やさしい日本語のコツ
研修では表1の(3)「尊敬語・謙譲語は避けて、丁寧語を用いる」を中心に紹介した(表2)。「ご記入ください」という尊敬語をやめて「書いてください」とするだけで、日本語はかなり分かりやすくなるのである。医療×「やさしい日本語」研究会のウェブサイトでは、これら10のコツの解説動画を見ることができる。興味のある方はご覧いただきたい(https://www.youtube.com/watch?v=tZ1FPAYjzlo)。少し注目していただきたいのは、表1の(10)である。相手の日本語の力が高い場合は「やさしい日本語」をやめる必要がある。少し話してみて、日本語能力が高いと感じたら、普通に話せばよい。この辺のやめ時の見極めも、実は非常に重要である。
「やさしい日本語」は万能ではない。「やさしい日本語」が伝わらないときや、インフォームドコンセントなど重要なやり取りの時には、医療通訳や電話通訳サービスなど、他の手段を選ぶ必要がある。外国人向け多言語説明資料や多言語医療問診票など公開されているものも活用すべきである(表3)。
ここまで紹介した内容は、『医療現場の外国人対応 英語だけじゃない「やさしい日本語」』(南山堂)でくわしく論じている。岩田も新居氏も執筆している。さらに、医療×「やさしい日本語」研究会のウェブサイト(https://easy-japanese.info/seminar-materials)には、さまざまな現場を想定した動画を集めており、興味がある方はぜひご覧いただきたい。また筆者は、外国人支援活動の一環として『日本で生活する外国人のためのいろんな書類の書き方』(アスク出版)を出版している。これは、問診表やアレルギー調査票など、医療に関わる書き言葉の練習を含んだ教材である。最後に、外国人診療(対応)に関心を持ち、研修に参加してくださったみなさまに感謝申し上げたい。
(6月5日、国際部研究会より)