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学術・研究

医科2021.06.12 講演

誤嚥性肺炎を深く正しく診る
総合内科×リハ医学の視点から(下)
[診内研より523] (2021年6月12日)

札幌医科大学 総合診療医学講座  佐藤 健太先生講演

(前号からのつづき)

嚥下障害も対症療法だけでなく原因診断をしよう
 ショックや不明熱の診療では、対症療法としての昇圧薬や解熱薬を漫然と投与するだけでは不十分で「原因」を診断して根治させることが重要なのは言うまでもない。嚥下障害も当然「原因」の診断が重要だが、対症療法的にST丸投げや安易な絶食になりがちなことが多いと感じている。
 その背景は、私の研修医時代にも当てはまるが「嚥下障害を重要な病態として捉えるべき」という認識がないことと、「嚥下障害の原因を分析する診断ノウハウの欠如」という学習で改善可能な問題があると考えている。そこで私は、リハビリ専門医レベルの詳細な嚥下評価法ではなく、専門性に関わらず誰でも、医師以外の職種でもできそうな嚥下診断についての啓発活動をすることが重要と考えるようになり、今回の講演でも基本を中心にお伝えした。
 どのような症候の診断でも、まずは「Commonな原因」をざっくり押さえておくことが重要なのは言うまでもない。各種の統計をみると、嚥下障害の原因として多いのは、廃用症候群(肺炎などの急性感染症や骨折などの運動器疾患によるものなど)、次に多いのは脳卒中(しかしこれは見逃されることは少なく、入院中に基本的な嚥下評価がされていることが多い)、そして最後に神経変性疾患(パーキンソン症候群やALSなど)である。神経変性疾患に苦手意識を持つ医師は多いかもしれないが、廃用であればリハビリで改善できるので少しはとっつきやすいのではないだろうか。
 よりくわしく解剖学的に原因同定するためには、嚥下の5期モデル3)を意識して大まかに障害部位を探るのが効率的である。とくに先行期の意識障害・せん妄は頻度が高いため、的確な診断と原因除去が必須である(向精神病薬や睡眠薬による薬剤性先行期障害は非常に多く、かつ気づくことさえできればTreatableなため常に注意したい)。
 準備期の咀嚼機能や口腔環境については歯科医師や歯科衛生士にうまくつなげることさえできれば多くの問題が解決に近づくだろう。そのためには「肺炎をみるときには咽頭だけでなく歯と歯肉も見る」ことを習慣づけ、「準備期に問題がある」ことに気づけるようになることが最初の一歩となるだろう。その他、口腔期や咽頭期、食道期の介入も同じく重要だが、「一般内科医が手軽に始められ、効果も大きいのは先行期と準備期」と的を絞っておくと、一歩踏み出すためのハードルがまた一段下がると思われる。
 解剖学的軸に加えて、病態生理学的軸も評価できるとより精密な診断となり、介入方法も具体化しやすくなる。病態生理学的には非常に簡略化すると、神経障害(脳卒中や神経変性疾患など)と筋障害(いわゆるサルコペニア4))に分けられる(図5)。
 サルコペニアの原因としては、加齢や神経筋疾患を改善させることは難しいが、低栄養・廃用・慢性炎症による悪液質などは意識すれば改善可能なので、意識的に診断して治療につなげられるようにしたい。
嚥下障害が高度でも全例で間接訓練はしよう
 嚥下障害の原因が同定できた場合は原因治療しつつ、原因が絞りきれない、もしくは改善不可能な場合でも、対症療法としての嚥下訓練を同時に進めるべきである。嚥下訓練をしなければ、嚥下関連筋の廃用性サルコペニアが進行し、状況は刻一刻と悪化していくからである。ただ、嚥下障害があると判断した患者にすぐに食物を食べさせることは、医師も患者本人も不安だろうし、実際に誤嚥によって状況が悪化するリスクもある。
 リハ医学では、嚥下訓練を直接訓練と間接訓練に分ける。「実際に食物を食べさせて鍛える」ことを直接訓練、「食べ物を使わずに嚥下関連筋や神経を刺激する」ことを間接訓練と呼ぶ。当然、間接訓練は食べ物を使わないため誤嚥のリスクは非常に低く、絶食のみで間接訓練をしなければ廃用性に悪化してしまうので「間接訓練は全例ですぐにでも実施すべき」と考えて差し支えないだろう。間接訓練の方法としてはシャキア法、開口訓練やアイスマッサージなどもあり、関心を持たれた方はぜひ参考資料等で追加学習をしていただきたい5)。施設入居者や介護家族が同居している患者では、簡単かつ効果的な方法として歌会や会話などの声を出すアクティビティや、それも難しい患者でもベッドで寝かせきりにせず車椅子で座位保持訓練をするように指示をするだけで間接嚥下訓練になる(図6)。
慎重な経口摂取、食形態、味・見た目・食感でQOLも追求しよう
 次に、栄養療法によって低栄養性のサルコペニアも改善させたいところである。急性期疾患を対象にしたNST関連の資料を見ると、消化管機能や栄養療法の期間を考慮して経腸栄養や経静脈栄養などを選択することになる(図7)。しかし、認知症終末期に近い患者では経腸・経静脈での予後延長は期待できず、かえって合併症が増えるため「慎重な経口摂取」の一択と考えて良いため、問題はむしろシンプルになる(経口摂取を支える家族や介護職の負担は当然考慮すべきであるが)。経口摂取を行う際の必要栄養量の計算、食形態の選択などは参考図書6-7)で十分に学べるので詳述は避けるが、栄養学的なベストにこだわるだけでなく、味わい、見た目、匂い、食感などにも工夫をすることで「味気ない食事で残りわずかの余生を過ごさせる」ことがないように配慮したい。
 本講演では「アレンジ・ド・ラコール」として、処方可能な経口補助栄養剤(かなり甘く苦手な高齢者も多い)にチョコレートやカレー、コーヒー、抹茶やヨーグルト等を混ぜることで味わいや色合いの変化が楽しめる工夫を紹介した。このような工夫は医師向けの医学書より、患者家族の闘病記やブログなどのほうが幅広く多彩な工夫を学び取れるので情報収集先の候補の一つとして一考の価値がある。
さらに幅広く深く勉強してほしい
 今回の講演では、入門編として誤嚥性肺炎の基本中の基本に絞って紹介した。今まで漠然と流していた、もしくは苦手意識を感じて避けていた「誤嚥性肺炎で苦しむ患者」の診療に、少しでも関心をもって「明日からちょっと頑張ってみようかな」と意識変容が起これば大成功である。
 一方で、誤嚥性肺炎の診療は、今回扱った話の範囲を大きく超えて非常に幅広く奥が深いのも事実である。内科診断学やリハ医学のほか、老年医学や栄養学、非がん終末期ケアや臨床倫理、多職種協働や病診連携など多彩な要素が関わる。今回与えられた紙面でその全体を解説することは困難だが、もし関心を持っていただくことができたなら、参考図書7-8)などで理解を深めていただき、今担当している患者の診療に少しずつでも生かしていただきたいと考えている。

(6月12日、診療内容向上研究会より)

参考文献
3)慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト."摂食嚥下障害のリハビリテーション".2020年6月15日 http://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000270.html(最終アクセス2021年6月12日)
4)日本サルコペニア・フレイル学会."サルコペニア診療ガイドライン 2017年版のCQとステートメント".http://jssf.umin.jp/jssf_guideline2017.html(最終アクセス2021年6月12日)
5)日本摂食嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会.訓練法のまとめ(2014版).日摂食嚥下リハ会誌18(1):55-89,2014
6)若林秀隆.リハビリテーション栄養ハンドブック.医歯薬出版.2010
7)佐藤健太,森川暢,大浦誠.誤嚥性肺炎 ただいま回診中!. 中外医学社.2021.
8)大浦誠.終末期の肺炎.南山堂.2020

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