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学術・研究

医科2021.07.10 講演

心電図スキルアップセミナー見逃してはいけない心電図
[診内研より525] (2021年7月10日)

高知大学老年病・循環器内科学  山崎 直仁先生講演

 心電図のT波は心室の再分極の時相で出現する波で、正常では上向きの陽性波を呈する。これまで上向きであったT波が新規に下向きとなった場合(T波の陰転化)は、緊急を要する循環器疾患が原因であることが多い。

Wellens症候群

 急性のT波陰転化を見た場合、まず考えるべきは、左冠動脈前下行枝(LAD)近位部の高度狭窄による不安定狭心症であるWellens症候群である(図1)。このような心電図が記録された時点では胸痛は訴えていないが(直近には胸痛あり)、病態は不安定狭心症であり、負荷試験は禁忌となる。Wellens症候群では、心電図V1〜V4誘導でT波の陰転化を示すのが特徴的である。
 これに対し、左室肥大や心内膜下虚血では、V4〜V6誘導でT波が陰転化する。一般に貫壁性虚血では、急性期STが上昇していた誘導で、T波が陰転化するという特徴がある。Wellens症候群では、胸痛出現時にはLAD支配領域である左室前壁中隔が貫壁性虚血を呈し、V1〜V4誘導でSTが上昇していたのが、血栓溶解等により早期に冠動脈閉塞が解除された結果、大きな心筋梗塞に陥ることなく、同誘導でT波の陰転化を生じたと考えられる。高度の狭窄が残存した不安定な状態であり、適切な治療がなされないとST上昇型急性心筋梗塞に移行する危険性が高く、緊急冠動脈造影検査・冠動脈インターベンション治療が可能な施設に患者を緊急搬送する必要がある。

肺塞栓症

 新規にT波の陰転化を示す循環器救急疾患として重要なものに、急性の肺塞栓症がある。肺塞栓症でも、V1〜V4誘導でT波が陰転化する。これは同誘導が、肺塞栓症で虚血に陥る右室の真上に位置しているためである。V1〜V4誘導でT波の陰転化を見た場合、心電図でWellens症候群と肺塞栓症を鑑別するには、Ⅲ誘導のT波の陰転化の有無に注目するとよい。Ⅲ誘導は左室の下壁に面する誘導であるとともに、右室に面する誘導でもある。急性の右室負荷を示す肺塞栓では、Ⅲ誘導でT波の陰転化を生じることが多い。
 これに対し、Wellens症候群で虚血に陥っているのは左室前壁中隔領域であり、左室下壁(これは通常、右冠動脈(RCA)の支配領域である)は侵されず、Ⅲ誘導でT波の陰転化を伴わない。心電図の大家であるMarriott先生は"四肢誘導をみて下壁の虚血を疑い(Ⅱ、Ⅲ、aVF誘導での陰転T波)、胸部誘導をみて前壁中隔の虚血を疑っている(V1−V4誘導でのT波陰転化)自分自身に気付いたら、診断は肺塞栓症である"との箴言を残している(図2)。これは、確率的にLADとRCAという2本の冠動脈が同時に閉塞する可能性は極めて低いが、肺塞栓による右室の虚血であれば一元論的に心電図変化が説明可能ということを表現したものである。

タコツボ型心筋障害

 胸痛を生じ急性期に前胸部誘導でSTが上昇し、前壁中隔の急性心筋梗塞と鑑別が必要な病気に、タコツボ型心筋障害がある。タコツボ型心筋障害も、急にT波が陰転化する循環器救急疾患である。前胸部誘導でST上昇を見た場合、タコツボとLAD閉塞による急性心筋梗塞とを鑑別するには、aVR誘導とV1誘導が役立つ。
 LAD閉塞の急性心筋梗塞では、aVR誘導、V1誘導ともにSTが上昇する。これに対し、"aVRでST低下、V1誘導でST上昇なし"なら、タコツボを考える(図3)。ただし、この指標の陽性的中率は67%しかなく、LAD閉塞によるMIは心電図のみでは否定できないことに注意が必要である。最終的には冠動脈狭窄・閉塞が無いことが確認できて、初めてタコツボ型心筋障害と診断可能である。

(7月10日、診療内容向上研究会より、小見出しは編集部)

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