医科2021.07.17 講演
[保険診療のてびき]
糖尿病の薬物療法最前線(下)(2021年7月17日)
医療法人社団慈恵会新須磨病院常任学術顧問 糖尿病センター長 東邦大学名誉教授 芳野 原先生講演
(前号からのつづき)グリニド薬
レパルリニド、ナテグリニド、ミチグリニドの3種類がありそれぞれ排泄経路は、胆汁、腎および胆汁、そして腎から、となっています。いずれも短時間作用型のインスリン分泌促進剤ですが、その作用時間から、遷延性の低血糖を回避したい高齢者がターゲットとなる薬剤です。グリニド薬とDPP-4阻害薬の組み合わせも、その効果が確認されております。しかし実臨床では高齢者で毎食直前にきっちり忘れずにグリニド薬を服用できる患者さんは極めて稀で、受診日に服用せず余ったグリニド薬を大量に持参する高齢者も多いようです。また、短時間作用型とはいえ高齢者では体外排泄の遅延から、SU剤に近い血中半減期となり、低血糖が遷延することも稀に遭遇します。
一方、働き盛りの若年層の症例では、多忙で仕事中や昼食直前に飲むことを忘れる場合が多く、診察日に大量の残薬を持参される場合も、やはり稀ではありません。
高血圧、脂質異常、さらに多くの糖尿病薬が1日1回服用になっている昨今、毎食直前服用のお薬はなかなか繁用されることはないものと思われます。
α-グルコシグダーゼ阻害薬(α-GI)
食事により摂取された炭水化物(デンプン)は、小腸においてαアミラーゼにより二糖類に分解され、さらに小腸粘膜上皮細胞の刷子縁に存在する二糖類分解酵素(α-グルコシダーゼ)により単糖類にまで分解されて吸収されます。α-GIは、この二糖類分解酵素であるα-グルコシダーゼの作用を競合的に阻害することで、糖の分解・吸収を遅らせ、血糖値のピークを遅延させ、かつ抑制します。2型糖尿病ではインスリン分泌のタイミングが遅れているため、α-GIにより血糖上昇とインスリン分泌のタイミングが合うようになり、食後の高血糖を抑制することが可能です。従って、空腹時血糖はさほど高くなく、食後に高血糖になるようなインスリン非依存状態を示す症例に使用されます。単独では血糖低下作用が弱いため、日常臨床では他の糖尿病治療薬と併用されることが多いようです。
本薬剤につきものの下痢の副作用については、セイブルによる下痢の発生頻度は18.3%と、アカルボース(グルコバイ)の0.1%〜5%未満、ボグリボース(ベイスン)の4.0%(食後過血糖改善使用時)に比べて高い頻度で報告されています。また、アカルボースはαアミラーゼを阻害することから、消化されない糖質が増えることで、放屁増加や腹部膨満の副作用が多い傾向にあります。やはり血糖低下作用はマイルドですが、ボグリボースが3つのα-GIの中では、放屁増加や腹部膨満感の副作用が少ない傾向にあります。
なお、いくつかの大規模研究にて、α-グルコシダーゼ阻害薬の2型糖尿病発症予防効果が認められており、わが国でも耐糖能異常といった病名で、本薬剤の服用が医療保険上で認められています。またアカルボースによる高血圧発症抑制効果や心血管系疾患発症率の抑制も報告されており(STOP-NIDDMという研究です)、腹部症状さえ克服できればコストパフォーマンスの良いエビデンスの豊富な薬剤と思われます。
チアゾリジン系薬剤
2型糖尿病の原因の一つとしては、脂肪細胞の肥大化によるインスリン抵抗性の出現があります。脂肪細胞は、前駆細胞が核内レセプターPPAR(パーオキシソーム増殖剤応答性受容体)γなどの転写因子により刺激されて成熟脂肪細胞になり、高カロリーの摂取や運動不足などの生活習慣の変化により、脂肪細胞はしだいに肥大化します。そしてインスリン受容体の感受性を低下させるさまざまな物質(遊離脂肪酸、TNFα、レジスチンなど)が分泌されます。チアゾリジンは脂肪細胞のPPARγに直接結合し、下流の遺伝子を転写活性することでその血糖降下作用を発揮します。インスリン抵抗性改善薬のアクトスは核内レセプターPPAR(パーオキシソーム増殖剤応答性受容体)γへ結合し、活性化させることで、インスリン抵抗性を惹起させるホルモン様物質(遊離脂肪酸、TNFα、レジスチン)を分泌する大型の古い脂肪細胞に細胞死をもたらせ、インスリン抵抗性を減弱させるアディポネクチンを分泌する小型の脂肪細胞への分化を促進します。
しかし副作用として、浮腫、貧血、LDH、CKの上昇などがあります。特に本薬剤にはナトリウムの再吸収を促進する作用があり、これが浮腫の原因と考えられています。このように水分貯留や体重増加を起こしやすい薬剤なので、体重管理をしっかり行いながらの服用が必要です。心不全の患者および心不全既往歴の患者は、使用を控えるべきでしょう。また妊婦や授乳期の女性にも使用できないようです。
一方、少数の報告ではありますが、動脈硬化の予防にも有効とのエビデンスがあるので、投薬のポジショニングとしては動脈硬化の予防目的のため、あるいはインスリン抵抗性改善が期待できる症例に追加処方、といったものになると思います。
なお、アクトスには、インスリン分泌促進作用はないため、単独では低血糖の心配はほとんどないようですが、他の糖尿病治療薬を併用している場合は注意が必要です。また骨折のリスクを助長する根拠も示されているようです。
イメグリミン塩酸塩
近日発売になる予定の本薬剤は、細胞内ミトコンドリアの機能を改善するという新規のメカニズムを有し、インスリン分泌不全とインスリン抵抗性の両方を改善することが期待される化合物です。2型糖尿病を対象とした三つのフェーズ3試験(TIMES1、TIMES2、TIMES3)のデータが発表されています。これらの試験において、本剤は、日本人2型糖尿病患者に対する単剤療法および既存の経口血糖降下剤またはインスリン製剤との併用療法のいずれにおいても、有効性、安全性および忍容性が確認されています。本薬剤はテトラヒドロトリアジン系化合物に分類される新規化学物質であり、2型糖尿病治療において重要な役割を担う三つの器官(膵臓・筋肉・肝臓)に作用し、グルコース濃度依存的なインスリン分泌を促進するとともに、インスリン抵抗性を改善、糖新生を抑制することで血糖降下作用を示すと考えられています。さらに、本剤は、合併症予防につながる血管内皮機能および拡張機能の改善作用や膵β細胞の保護作用を有する可能性も示唆されています。
以上、本薬剤は、2型糖尿病治療における単剤および併用による血糖降下療法において、幅広く使用される治療薬となる可能性があるようで、これからの医療現場からの報告が待たれます。
終わりに
高血圧、脂質異常症と異なり、2型糖尿病はいまだに、管理困難な慢性疾患です。血圧管理についてはカルシウム拮抗剤(CCB)、アンギオテンシン変換酵素阻害剤(ACEI)、およびアンギオテンシンⅡ受容体拮抗剤(ARB)などの出現にて大半の高血圧症は管理可能となっています。一方、脂質異常症の大半を占める高LDL血症についてはスタチン、エゼチミブなどの出現にてやはり多くの場合、管理可能となっています。しかし血糖管理については、これだけ多くの種類の薬剤が世に出回っても、十分望ましい範囲に到達できていません。この原因の一つとしては血糖値がインスリンというホルモンに大きく依存しており、その制御が生体内で分単位で行われており、経口剤やインスリン注射で十分対応できないといった現実があるものと思われます。逆に考えれば、健常人の血糖制御がいかに緻密に行われているか、実感されます。
したがって理想的な血糖管理はインスリンを分泌する膵β細胞をよみがえらせるお薬か、iPS細胞を用いた膵β細胞の再生と移植、あるいは超小型の人工膵β細胞の開発およびインスリン抵抗性の十分な解除によって可能となるものと思います。それまでは現在行われている新しい経口剤の開発がこれからも続くものと思われます。
以上、経口血糖降下剤治療の現況と近未来の展望についての概略を記載しました。本講演が糖尿病教育および療養指導の一助となれば幸いであります。
(7月17日、薬科部研究会より)