兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2021.09.18 講演

[保険診療のてびき] 
心不全−その病態から新規薬物治療まで−(下)(2021年9月18日)

神戸市立医療センター中央市民病院循環器内科部長  古川  裕先生講演

(前号からのつづき)
新規心不全治療薬
 心不全(とくにHFrEF)の予後改善のための心保護薬といえば、ACE阻害薬/ARB、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬という時代が長年続いたが、最近、以下に述べる新しい治療薬が次々と日本の診療の場に登場した。

1)イバブラジン
 正常の心拍は洞結節の自動能で調節されており、洞結節の自動能はHCN4チャネルを介した内向きの過分極活性化陽イオン電流(If)で調整されているが、イバブラジンはそれを選択的に阻害し、脱分極を遅らせることで、心拍数を下げる作用がある。その機序と第III相試験での対象患者から考えても、治療対象は、洞調律で頻拍傾向(≥75bpmが一応の目安)のHFrEF患者ということになる。特有の副作用に光視症があること、光視症は可逆的であり通常薬剤の減量や中止により軽快することを知っておく必要がある。

2)ARNI(サクビトリルバルサルタン)
 ARNIはARBとネプリライシン阻害薬の作用を併せ持つ薬剤で、ANP、BNPといった内因性のナトリウム利尿ペプチドの分解を阻害し、これらの心不全への治療効果を高めるとともに、ARBの作用によりアンジオテンシンIIの有害な作用を阻害する。HFrEFを対象とした第III相試験では、ACE阻害薬であるエナラプリルと比較して治療期間中の心血管死+初回心不全入院を約20%有意に減少させた。HFmrEFやHFpEF患者の一部でも治療効果が期待される。
 ただし降圧作用が強いので、血圧が低めの患者の治療には注意を要する。また、治療中の血漿中BNP値は心不全が改善している状態でも投与前より上昇することがあることも知っておく必要がある。

3)SGLT2阻害薬
 糖尿病治療薬として開発されたSGLT2阻害薬は、糖尿病患者を対象とする臨床試験で心不全関連イベントを抑制することがクラスエフェクトとして示され、次いで、ダパグリフロジン、エンパグリフロジンは糖尿病の有無に関係なくHFrEF患者の心血管死/心不全入院を抑制することが示された。最近、従来効果が証明された薬物治療がなかった、HFpEF患者の心不全入院を抑制する効果もあることが示され、SGLT2阻害薬の今後の展開が期待されている。

4)ベルイシグアト
 これまで述べた薬剤と比べて最も新しく、2021年9月に日本で使用可能となった薬剤である。作用機序としては、血管平滑筋細胞や心筋細胞内の可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化させることにより、NOへの感受性を高めるとともにNOに依存しないcGMP産生も亢進させ、血管拡張作用や心筋の肥大・線維化の抑制作用を示すと考えられている。第III相試験は、最近心不全イベントを生じたLVEF〈45%の患者を対象に行われたことから、標準的な心保護薬の内服下でも心不全入院や静注利尿薬投与といったイベントを生じたHFrEF患者への追加投与が良い適応である。

 以上のうち、発売されたばかりのベルイシグアトを除き、他の薬剤はすでに2021年の急性・慢性心不全診療に関するJCS/JHFS ガイドラインフォーカスアップデート版にも記載されており(図3)、ARNI、SGLT2阻害薬はHFrEFに対する基本治療薬に、イバブラジンは適応となる症例がより限られるため併用薬に位置付けられている。
おわりに
 高齢心不全患者の増加により地域全体での心不全診療の向上が求められている。そのためには、心不全診療における効果的な地域連携の構築が必須で、当地に限らず、日本の各地域で、今まさにその構築が進行中である。最近、立て続けに新規心不全治療薬が日本の臨床の場で使用可能となった。新規心不全治療薬を安全で効果的に活用するために、心不全診療に携わる全ての医療機関の多くの職種の方々が、心不全と各薬剤特性とを正しく理解する必要がある。

(2021年9月18日、薬科部研究会より)



図3 2021年JCS/JHFS GL フォーカスアップデートにおける心不全治療アルゴリズム
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