兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2021.09.23 講演

[保険診療のてびき] 
私の目指す訪問診療
~なぜ管理栄養士と一緒に訪問しているのか~(2021年9月23日)

兵庫区・なかたに歯科クリニック  三浦 康寛先生講演

はじめに
 「フレイル」は、日本老年医学会が2014年に提唱した概念で、「Frailty(虚弱)」の日本語版です。「オーラルフレイル」は口腔機能の軽微な低下や食の偏りなどを含む、「フレイル」の一つです。健康な状態と要介護状態の中間に位置し、身体機能や認知機能の低下が見られる状態のことを指しますが、適切な治療や予防を行うことで要介護状態に進まない可能性があります。
 「フレイル」の身体的要素には運動器障害をはじめとした口腔機能低下、低栄養などが含まれます。フレイルサイクルの悪循環とは、低栄養状態がサルコペニアにつながり、転倒や骨折、病気の発症リスクが上がる結果、活動範囲が狭まり社会的孤立となる、また認知機能の低下のため、さらなる低栄養状態を促進させることです。
フレイルサイクルにおける歯科の役割
 歯科は咀嚼障害の改善を一つの目標として展開してきましたが、超高齢化社会の到来によって、診療効果の指標は、咀嚼機能の改善だけでなく、摂食機能全体の改善へ、そして栄養状態の改善へと変化してきています(老年歯科医学会立場表明より)。すなわち歯科からもフレイルサイクルの「栄養」を評価し、治療をしなくてはいけません。
 「オーラルフレイル」を早期発見して適切な治療を行うこと、要介護状態になったとしても最期まで「食べられる口」を維持できるようにケアすることが歯科の役割です。消化管の入口である口腔の環境や機能をより良好に保つことは、「フレイル」予防の第一歩になります。
「オーラルフレイル」と低栄養
 低栄養とは食欲の低下や噛みにくいなどの理由により食事量が減り、エネルギー摂取量や、たんぱく質が足りない状況を言います。そのため、健康な体を維持するために必要な栄養素が足りなくなります。
 口腔の軽微なトラブルを放置しておくと、老化による口腔機能の低下だけでなく、「固いものが食べづらい」から「歳だから固いものは避けよう」など口腔機能の廃用につながる食習慣の変化が起こり、低栄養につながります。高齢者の「オーラルフレイル」を見逃さないことが低栄養の予防には大事です。
摂食嚥下障害患者にみられる低栄養の問題
 在宅療養中の要介護高齢者は咀嚼機能や摂食嚥下機能に合致しない食事形態の方を多く認めます。合致しない食事形態では喫食率の低下につながり、摂取カロリーは低下しやすくなります。咀嚼障害と摂食嚥下障害は低栄養のいわば直接的原因として強く関与します。
 歯の喪失と栄養摂取との関連に関する報告は多くされており、義歯もなく咬合が維持されていない群では低栄養リスクが3倍になるという報告もあります。咬合の回復には、歯科治療による器質的な回復での対応になります。しかし、摂食嚥下障害には機能的障害もあり、要介護高齢者などの慢性期の病態では機能回復が望めない方も多くいます。
 この場合の支援としては、食事形態の調整での対応になります。しかし、ソフト食などの嚥下調整食は加水し調理するため、摂取カロリーの低下を招きます。摂食嚥下障害患者の食事では、摂取できる食事の種類やテクスチャーが制限され、栄養量が減る結果、低栄養になりやすい状態と言えます。
管理栄養士と協調することとは
 「食事が変われば介護が変わる」。高齢者の楽しみに「食べること」は常に上位にあります。「満足のいく食事ができること」は高齢者のQOL向上に直結します。生活のなかに「食」があり、食事の支援が生活支援につながります。
 当院では「健口を維持し、食を通じて地域住民の健康に貢献する」という理念を揚げ、管理栄養士と一緒に訪問診療を始めました。まずは歯科医師が咀嚼機能の評価、改善のための治療を行います。口腔機能の低下に対しては、歯科衛生士による口腔健康管理を行います。摂食嚥下障害を疑う場合には、歯科医師が嚥下機能の評価を行います。
 これらの情報を管理栄養士と共有し、適切な食事形態と不足する栄養素などについて評価、指導を行います。栄養を確保できる食形態を提案し、いつまでも安全にお口から食べ続けることができるように支援しています。
症例
83歳、女性、独居
主訴)ムセが多くなってきた
現病歴)水分はムセないが、体調が悪い時に食べ物でムセることが多くなってきた。食事も吐き出すことが多くなっている。脚のむくみも強くなっており、栄養不足が進んでいる。飲み込みが大丈夫か診てほしい、と依頼あり。
既往歴)糖尿病、脊柱管狭窄症、外傷性後脳挫傷後遺症
身体所見)動作緩慢だが独歩にて歩行可、姿勢傾斜なし。両側下肢の浮腫あり。呼吸は浅く、湿性嗄声あり、咳嗽力は弱い。認知機能の低下は認めず。
口腔内所見)残根3本あり、清掃状態悪く、歯肉炎症あり。義歯は以前製作したが使用できていない。口腔乾燥ないが、舌苔の付着は多い。舌の可動域も小さい。
食事観察)普通食を自己摂取、食べこぼし多くあり。咀嚼様運動はあるが、食塊形成悪く、口腔内にばらつく。ある程度して水分で流し込んで食べている。食事中にムセあり。
診断)摂食嚥下機能障害
治療計画)歯科医師による嚥下機能評価、歯科衛生士による口腔健康管理、呼吸訓練を中心とした嚥下訓練、管理栄養士による栄養評価を行う。
食事対応)水分は軽度トロミ付与、食事形態をデイサービスではソフト食に変更。自宅ではヘルパーに食事を刻んでもらう。
経過)食事への不満はあるが栄養状態の改善を認め、下肢の浮腫は軽快した。口腔機能は向上したが、湿性嗄声は続いている。食事時の誤嚥、ムセは続いているが、発熱などの肺炎症状なく経過している。
ALB(3.3)、1年後(4.2)、2年後(4.3)
オーラルディアドコキネシス パ(3.8)、タ(2.6)、カ(3.0)、1年後 パ(5.6)、タ(3.0)、カ(3.6)
考察)口腔リハビリにて廃用性機能低下の回復、向上を認めた。嚥下機能は明らかな機能の向上は認めていないが、栄養評価では栄養状態の改善を認めた。発熱など肺炎症状なく経過しているのは喀出力の維持と低栄養の回避による免疫機能の向上によるものと考える。廃用性の機能回復と、誤嚥しても肺炎にならない抵抗力の維持を支援できた。
「食」を支える会とは
 他職種との連携、協調を進めていくためにはどのようにすればいいかと模索しておられる先生もいらっしゃると思います。私も同じように模索しておりました。そこで顔が見える関係を構築するため、2017年に「食」を支える会という多職種での勉強会を立ち上げました。
 顔が見えることによりFAXだけのやり取りではできない情報交換ができると感じております。現在のコロナ禍においてはWebでの開催になっておりますが、医師、看護師、リハ職、薬剤師など多くの職種に参加いただいております。職種間での口腔や嚥下に対する認識の差や、見ている景色の違いは大変刺激になります。他職種からの歯科医療への期待など、とても勉強になっており、多職種協調の入口になると思っております。他職種との協調でお悩みの先生方にはご参加いただき、連携作りにお役に立てればと思っております(「食を支える会」https://nakatanihoumonshika.com/)。

(2021年9月23日、第27回歯科臨床談話会より)


図1 フレイル予防は栄養、運動、社会参加で
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図2 ドミノ倒しにならないように!
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図3 誤嚥=誤嚥性肺炎ではない
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