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学術・研究

医科2022.02.27 講演

移民・難民コミュニティでの医療
[国際部研究会より] (2022年2月27日)

横浜市・港町診療所 山村 淳平先生講演

どのような病気があるのか
 わたしは横浜の診療所に勤務している内科医です。診療のかたわら、移民・難民コミュニティにはいりながら、移民・難民の医療にたずさわっています。
 診療所やコミュニティでの医療相談では、風邪症候群がもっともおおく、整形外科疾患および消化器系疾患がそれにつづいています。この三疾患で全体の半数をしめます。移民・難民といっても、日本人がかかる病気と大差ありません。ただし、つぎの病気は注意しなければなりません(表1)。
 まず、感染症です。結核・肝炎・HIVなどの慢性の感染症はアジア・アフリカ出身者におおく、それは本国の感染状況を反映しています。
 つぎに精神疾患です。アルコール依存症、うつ病、自殺企図などが、意外とおおくみられます。それは異文化ストレス・本国へのおもい・家族への心配から生じています。
 日本での生活がながくなり、年をかさねるにつれ、日本人と同様に、高血圧や糖尿病などの慢性疾患とともに、ガン末期・脳出血・心筋梗塞の患者など重症疾患もみられます。
 労働災害では、建設現場で打撲および四肢切断といったことがおきています。ところが労働災害の保障は不十分で、ときに労災かくしがみられます。
 DVも深刻で、日本人男性と結婚した移民・難民女性だけでなく、同国人同士でもおきています。
 外国籍の死産率は、たかい値をしめしています。最近ではベトナム出身の技能実習生や留学生の中絶がおおくなっています。妊娠しても、技能実習生は無理やり帰国させられますし、留学生は退学の不安があるからです。また、在留資格がないため、母子手帳がもらえなかった妊婦さんもいました。
 フィリピンやタイ出身者のあいだで、乳児死亡率はたかい値をしめしています。小児の予防接種は各保健所で実施されていることになっていますが、実際にそれをうける機会はせばめられています。
治療をはばむ壁(表2)
 医療機関を受診しようとしても、いくつかの問題があります。
 まず、言語の問題があげられます。日本語で自分の症状を説明することはむつかしく、しかも各医療機関が各言語に対応できていません。
 二点目に、どのような医療制度で、どの医療機関が適切なのかの情報にとぼしく、それらをえる機会がほとんどないことがあげられます。
 三点目に、健康保険がないための医療費の問題がおきています。いったん高額な医療費を請求されると、必要があったとしても医療機関にかよわなくなってしまいます。また患者の未支払い医療費がふえれば、医療機関での間接的な診療拒否をまねきます。
 四点目に、入管(出入国在留管理庁)問題があげられます。入管は移民・難民の排除の方針をとっています。その象徴的存在が外国人収容所です。非正規移民や難民申請者は適切な治療をうけられずにいます。
壁をとりのぞく

 社会的要因にたいして、わたしはつぎのことをおこなっています。
 移民・難民は正確な医療情報をえられないため、学習会などをひらきながら、情報をつたえるようにしています。ビデオを撮影し、編集した映像をYouTubeにながしたりもしています。
 医療費については、病院が保険点数1点10円計算でおこなえばよいのですが、1点20円や30円の病院があります。それを1点10円計算でおこなうようにはたらきかけていますが、あまり成功していません。
 移民・難民は目にみえない存在としてあつかわれ、ときに差別や偏見があらわになります。なにか突発的な出来事がおこれば、その問題へのスケープゴートにされます。そのような状況におおきく影響しているのは、入管問題です。
 入管問題というのは、移民・難民排除と同義語といってよいです。入管のかくされた闇の部分をおおやけにすることで、将来の差別や偏見を最小限にくいとめられるでしょう。
医療をこえた対応
 医療情報発信・無料医療相談・無料健診などで対応しつつ、つかえる制度を活用していきます。労災・難民申請・在留資格などの法的な問題については、弁護士がコミュニティにはいり相談にあたっています。
 ただ、個人や支援団体が治療や予防に力をそそいでも限界はあります。しかも、根本的な解決にはほどとおいです。本来であれば、日本全体の問題としてとらえ、日本政府が対応すべき課題でしょう。移民・難民全員の健康保険加入は無理としても、最低限の医療を保障していかなければなりません。
 具体的には在留資格の有無にかかわらず、非正規移民/難民申請者であっても、緊急医療費を補填し、定期的な健康診断を実施し、医療情報を確実に発信していくことです。それらは、予算的にもそれほどむつかしくはありません。移民・難民のうけいれ政策がすすんでいるとなりの韓国では、それらがすでに実行にうつされています。
 将来的には、入管法の改正、あるいは移民法の制定を視野にいれていかなければならないでしょう。そうした問題を解決するには、医療の枠組みをこえ、各団体との協力が不可欠です。
 それには患者や被害者からえられた事実を記録にのこし、メディアをとおして、ひろくつたえ、そして国会議員に法改正をはたらきかけます。国際社会にうったえ、外圧をかけていくことも重要です。こうした行動は、社会の病気予防にあたります。
おたがいさまの精神
 途上国には福祉制度がほとんどないのですが、民間人のあいだでは救済思想が根づいています。救済思想は、どの国でも、どの民族でも、いかなる時代でも、存在します。それは人間が生きていくうえで、そなわっている知恵でしょう。
 日本にもそのような思想はあります。こまった人をたすけるのがあたりまえというのが、日本社会にひろく浸透している思想ではないでしょうか。人からお礼をいわれたとき、かえす言葉が「おたがいさま」です。ちいさいころから、それとなく言われていた気がします。みなさんも、おぼえがあるはずです。
 最近では移民・難民自身のコミュニティが芽生えつつあります。それはさまざまな機能としてはたらいており、彼/彼女らの底力をみせてくれます。移民・難民のわずらった病気をいやしてくれるのは、一片の処方箋ではありません。それをうけとめる同胞の思いやりであり、コミュニティです。相互扶助の精神、つまりおたがいさまの精神というのは、他者をささえることで自身を活かすことにつながっています。
 移民・難民の存在と状況が潜在化していた救済思想やおたがいさま精神をよびおこし、わたしたちの医療分野にあらたな息吹をもたらしてくれるかもしれません。
 それは移民・難民による日本社会への貢献であり、社会の一員としてむかえいれ、対等な関係をきずく第一歩となります。これこそが、移民・難民うけ入れのおおきな意義ではないでしょうか。

(2月27日、国際部研究会より)




2007_03.jpg 当日の講演を30分にまとめた動画は左のQRコードからご覧いただけます。
 https://youtu.be/-ET5Xt0W2hs 2007_04.gif
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