兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2022.06.25 講演

[保険診療のてびき] 
喘息・COPDの病態と薬物治療の整理
-吸入薬はどう使い分けるか?-(2022年6月25日)

神鋼記念病院 部長・呼吸器内科科長  大塚浩二郎先生講演

はじめに
 吸入ステロイド(ICS:inhaled corticosteroid)の登場とその普及により喘息死は減少し、致死的喘息を日常診療で診る機会は大幅に減少した。一方でコントロール不良の喘息は依然として多く存在し、日常生活における障害となっている。
 近年、多種類のICSに加え、長時間作用型のβ-2刺激薬(LABA:Long-acting β2-agonist)や抗コリン薬(LAMA:Long-acting muscarinic antagonist)、さらにそれらを組み合わせた合剤が複数登場し喘息のコントロール向上に寄与しているが、それらの吸入薬の一部はCOPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease)に対しても適応があるなど非専門医が混乱する要因となっている。本講演では、喘息やCOPDの基本病態および治療の考え方の違い、今後の方向性について解説した。
喘息の診断基準
 喘息の基本病態は慢性の気道炎症を背景とした変動性の気道狭窄であり、喘鳴、呼吸困難、胸苦しさや咳などの臨床症状で特徴づけられる。喘息の診断にはゴールデンスタンダードとなり得る客観的指標はない。気道炎症を反映する呼気中一酸化窒素濃度(FENO)の測定が日常臨床で頻用されているが、FENO高値は喘息診断を強く支持するものの、低値でも喘息を否定する根拠にはならない。
 問診により喘息に特徴的な症状や臨床経過を把握することが診断の鍵を握る。喘鳴が最も特異性の高い症状であり、さらにICS/LABAの有効性が確認できれば喘息の診断となる。喘息は長期罹患すると気道リモデリングによる不可逆性の気流閉塞を生じる。気流閉塞は喫煙によりさらに促進され、喫煙者の喘息ではCOPDとの鑑別は困難となる。
COPDの診断基準と症状
 COPDはタバコ煙の長期曝露により生ずる、末梢気道の炎症と肺胞構造の破壊による肺気腫を背景とした、不可逆性の気流閉塞および肺の過膨張を基本病態とする。診断基準は長期の喫煙曝露、不可逆性の気流閉塞、他の気流閉塞をきたし得る疾患の除外の3点である。
 典型的症状は労作時の息切れであるが、息切れを認めた時点ですでに疾患は進行した状態である。各種治療の発展に伴い喀痰や咳嗽症状などのより軽症の時期での診断および治療介入の必要性が強調されている。有症状者に対してCOPDを検索するという姿勢ではなく、症状が乏しくとも中年以降の喫煙者に対して一度はスパイロメトリーによるCOPDのスクリーニングを行うという姿勢が重要である。
 COPDの一部は好酸球性の気道炎症や可逆性のある(完全ではない)気流閉塞がみられるなど、喘息様の病態を呈する。喘息およびCOPDの両方の特徴を持つものを喘息とCOPDのオーバーラップ(ACO:Asthma and COPD Overlap)と呼び、本邦の診断基準が提唱されている。
喘息とCOPDの薬物治療
 喘息の治療は気道炎症に対する吸入ステロイドによる抗炎症治療を基本とし、症状に応じてLABAやLAMAの上乗せ(すなわち、ICS/LABAやICS/LABA/LAMAの合剤)やロイコトリエン受容体拮抗薬などの併用を行う。
 COPDの薬物治療の基本はLAMAやLABAあるいは合剤であるLAMA/LABAによる気管支拡張薬であり、気流閉塞や過膨張の改善を通して息切れやQOLの改善がもたらされる。
 COPDは増悪を起こすと次の増悪をきたしやすく、増悪のたびに疾患は進行し、予後の悪化につながる。このような観点から患者あるいは医師が認識していない増悪(unreported exacerbation)も含め増悪の予防が重要となる。増悪は感染性(細菌性やウイルス性)や好酸球性などヘテロな病態であるが、好酸球性炎症の関与する増悪の予防にはICS併用が有効である。
 COPDでは身体活動性の低下が予後因子となるが、身体活動性は労作時の息切れにより発症早期から低下し得る。身体活動性の低下は筋肉の廃用を招き、さらに息切れが悪化するといった悪循環(ダウンワードスパイラル)が問題となる。sedentary時間、すなわち座位、リクライニング、臥位の時間が予後と関連することも注目されている。このように身体活動性の低下に対して薬物治療に加えてリハビリや栄養療法など非薬物治療の併用が重要となる。COPDでは生活習慣病などの併存症が多いことが知られているが、その背景として全身性の炎症を中心に捉えて考えることも重要である。
 COPD患者では、このように多臓器の老化、低栄養や筋力低下などのフレイル、嚥下機能などの生理機能の低下といった老化との関連が指摘されている。COPDを病態の中心とし、他の様々な疾患を併存症としてとらえるこれまでの考えから、COPDも含めた様々な併存疾患の中心病態に「老化」を据える考え方、COPDをフレイルサイクルの促進因子の一つに据える考え方などが提唱されている。
喘息コントロール不良時の管理
 喘息のコントロール不良時の管理の進め方には四つのステップが提唱されている。
 1.喘息の診断が正しいか、2.服薬アドヒアランスが良好か・吸入手技が正しいか、3.増悪因子や合併疾患は正しく管理されているかを吟味した後に、4.治療のステップアップにより改善をはかる。
 前述のとおり、喘息診断のゴールデンスタンダードとなり得る客観的指標はなく、特に難治例の喘息診断においては専門医でも難しい例は多い。喘息やCOPDの治療は吸入薬が主体であるが、吸入薬は内服薬と比べてアドヒアランスが不良となりがちである。吸入手技の獲得は簡単ではないが、吸入薬指導加算が新設され、薬局との連携による向上が期待される。鼻炎・副鼻腔炎、胃食道逆流、睡眠時無呼吸症候群をはじめとした合併症の管理や喫煙やアレルゲンなどの増悪因子の把握と排除もまた重要なステップであるが、合併症の正確な把握や管理は専門医でも簡単ではない。
 以上の三つのステップの次に治療のステップアップを試み、改善不良例では専門医への紹介が推奨されている。しかしながら上述のとおり、専門医であってもいずれのステップも簡単ではなく、難治例においてはより早期からの専門医への紹介が考慮されて良いと考える。
バイオ製剤の使用
 高用量ICSおよび複数の併用薬を用いてもコントロール不良の喘息では、バイオ製剤の使用を検討する。バイオ製剤の登場前は全身性のステロイドが使用されていたが、近年は年に数回の短期投与であってもステロイドの有害事象を無視できないことが強調される。現在、本邦では2型炎症をターゲットとする4種類のバイオ製剤が使用可能である。有効性を予測する併存症やバイオマーカーは各薬剤で異なり、それらの因子をふまえて治療薬を選択する。
 一部のバイオ製剤は、アトピー性皮膚炎や鼻茸を伴う副鼻腔炎にも保険適用があるなど併存症も含めた包括的管理が重要である。このようにICSの増減を主としたこれまでの治療に加え、重症例では個々の患者に適した治療を選択していく個別化医療へと進んでいる。近年、個々の患者の「Traits(形質・特徴)」のうち治療可能な要素「Treatable traits」を抽出し、その特性を総合的に評価することで治療選択肢の最適化を目指していくという治療戦略が注目されており、今後の展開が待たれる。
 以上、喘息やCOPDの基本病態および治療の考え方の違い、今後の方向性について解説した。喘息やCOPDの今後の診療にあたり本講演内容が一助となることを期待する。

(6月25日、薬科部研究会)

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