医科2022.07.28 講演
世界における糞便移植の現状と将来展望(下)
[診内研より535] (2022年7月28日)
藤田医科大学医学部先端光学診療学講座教授 大宮 直木先生講演
3.炎症性腸疾患(IBD)
IBDは食生活などによる腸内環境悪化の結果、腸管バリア機能が破綻し腸内細菌が粘膜内に侵入し、それに対して遺伝的因子を背景とする自然免疫・獲得免疫の異常で腸管局所へ炎症細胞が過剰に浸潤することで発症するとされている。IBD患者では健常者と比較し腸内細菌叢の構成の変化および多様性の低下が認められ、その特徴としてFirmicutes門およびBacteroidetes門の減少、特に酪酸産生菌として知られるClostridium cluster ⅣおよびXIVaに属する細菌の減少が報告されている14)。菌種に関してはClostridium cluster Ⅳに分類されるFaecalibacterium prausnitziiがクローン病患者で有意に減少しており、この菌種の減少が術後再発の高リスクであることが示されてい15)。このような腸内細菌叢のdysbiosisを改善させ腸管の炎症を抑えるのがFMTの主目的である。
1)潰瘍性大腸炎(UC)
潰瘍性大腸炎に対するFMTの無作為割付対照比較試験は5編報告されており、2015年に二つの論文が初めて掲載された。一つはカナダのMoayyediらの報告で、FMT群は50mlのドナー便を週1回、合計6回の注腸投与を施行し、プラセボ群は生理食塩水を同様の方法で投与した。7週後の有効性評価では、プラセボ群の5%に比し、FMT群が24%と有意に高い寛解率であった16)。
一方、オランダのRossenらはFMT群では500mlのドナー便を経鼻胃管を用いて十二指腸へ1週目と3週目に投与し、プラセボ群は同様の方法で自己便を投与した。12週後の有効性評価ではプラセボ群が20%、FMT群が30.4%の寛解率で有意差は認めなかった17)。
これら二つは相反する結果となったがプラセボ群の設定、投与回数、投与経路、有効性評価時期の違いが起因している可能性が考えられる。
三つ目はParamsothyらの2017年の報告で、複数のドナーの便を混合した溶液を週5回8週間合計41回、自己浣腸した。8週後の改善率は色・臭いを似せた溶液によるプラセボ群が8%であったのに対し、FMT群は27%と有意に高かった18)。
四つ目は2019年のCostelloらの報告で、FMT群は複数のドナーの嫌気処理凍結便を1回目は大腸内視鏡下で右側結腸に200mL投与し、以後は1週間で2回100mL浣腸した。プラセボ群は自己便を好気的処理し同様な方法で投与した。8週後の評価で改善率・寛解率はプラセボ群の23%・17%に比し、FMT群では57%・47%と有意に高かった19)。
五つ目は2019年のSoodらの報告で、8週毎に大腸内視鏡で新鮮便投与群またはプラセボ投与群に無作為割付けしたところ、48週時のステロイドフリーの臨床的寛解率はプラセボ群で66.7%、FMT群で87.1%と有意差はなかったが、内視鏡的寛解率はプラセボ群26.7%に比しFMT群で58.1%と有意に高く、組織学的寛解もプラセボ群16.7%に比しFMT群で45.2%と有意に高かった20)。
上述のようにUCに対するFMTの有効性は投与経路や便処理法、プラセボ群の設定などで報告にばらつきがあり、また、FMTの有効性は30%~50%前後と生物学的製剤をはじめとする既存の治療と比較して高いものではない。
2)クローン病
クローン病に対するFMTは潰瘍性大腸炎と比べて報告が少なく、十分な検討がされていない。
2015年にSuskindらは12~19歳の若年者クローン病患者を対象に1回の経鼻胃管投与のFMT後2週後、12週後の改善率が78%、56%と報告した。無作為割付対照比較試験は2020年にSokolらの報告があるが、症例数が24例と少なくpilot studyという位置づけである9)。このRCTではクローン病がHarvey-Bradshaw indexで5以上に再燃し、プレドニゾロン40㎎以上で3週間以内にHarvey-Bradshaw indexが4以下に改善した小腸大腸型、大腸型クローン病患者を対象に、FMT群は50~100gの便を250~300mLの生理食塩水で好気的に処理した溶液を盲腸で散布、プラセボ群は生理食塩水を投与し、10週目のステロイドフリー寛解率がプラセボ群44.4%に比し、FMT群は87.5%と高かったが、有意差はなかった21)。
4.偶発症
FMT後に腹痛、腹鳴、下痢が生じることがあるが、程度は軽く1週間ほどで改善される。誤嚥性肺炎、発熱、注腸投与による肛門周囲膿瘍が報告されている2)。重篤なものでは、アメリカで骨髄異形成症候群の高齢男性が造血幹細胞移植前後に研究目的で内服した経口カプセルによるFMT後に基質特異性拡張型βラクタマーゼ(extended spectrum β-lactamase: ESBL)産生大腸菌による敗血症を発症し、2日後に死亡したと報告された22)。この死亡事例はドナースクリーニングが的確に行われていれば防ぐことは可能であったと思われ、しかるべき施設で厳格なスクリーニング検査を行った後にFMTを行うことが肝要である。
おわりに
FMTはCDIに対しては腸内細菌叢の構成や多様性、代謝産物を改善させ、疾患のみならず患者のQOLまで向上させ、家族の介護の負担も軽減させうる11)13)23)。しかし、CDI以外の疾患では有効性が認められないことも多いため、今後FMTの適応や方法、安全性に関するさらなる検討が必要である。文献
14)Frank DN, St Amand AL, Feldman RA, et al. Molecular-phylogenetic characterization of microbial community imbalances in human inflammatory bowel diseases. Proc Natl Acad Sci USA 2007;104:13780-5.15)Sokol H, Pigneur B, Watterlot L, et al. Faecalibacterium prausnitzii is an anti-inflammatory commensal bacterium identified by gut microbiota analysis of Crohn disease patients. Proc Natl Acad Sci USA 2008;105:16731-6.
16)Moayyedi P, Surette ㎎, Kim PT, et al. Fecal Microbiota Transplantation Induces Remission in Patients With Active Ulcerative Colitis in a Randomized Controlled Trial. Gastroenterology 2015;149:102-109 e6.
17)Rossen NG, Fuentes S, van der Spek MJ, et al. Findings From a Randomized Controlled Trial of Fecal Transplantation for Patients With Ulcerative Colitis. Gastroenterology 2015;149:110-118 e4.
18)Paramsothy S, Kamm MA, Kaakoush NO, et al. Multidonor intensive faecal microbiota transplantation for active ulcerative colitis: a randomised placebo-controlled trial. Lancet 2017;389:1218-1228.
19)Costello SP, Hughes PA, Waters O, et al. Effect of Fecal Microbiota Transplantation on 8-Week Remission in Patients With Ulcerative Colitis: A Randomized Clinical Trial. JAMA 2019;321:156-164.
20)Sood A, Mahajan R, Singh A, et al. Role of Faecal Microbiota Transplantation for Maintenance of Remission in Patients With Ulcerative Colitis: A Pilot Study. J Crohns Colitis 2019;13:1311-1317.
21)Sokol H, Landman C, Seksik P, et al. Fecal microbiota transplantation to maintain remission in Crohn's disease: a pilot randomized controlled study. Microbiome 2020;8:12.
22)DeFilipp Z, Bloom PP, Torres Soto M, et al. Drug-Resistant E. coli Bacteremia Transmitted by Fecal Microbiota Transplant. N Engl J Med 2019;381:2043-2050.
23)Osaki H, Y.; Koyama, K.; Omori, T.; Horiguchi, N.; Kamano, T.; Funasaka, K.; Nagasaka, M.; Nagakawa, Y.; Shibata, T.; Ohmiya, N. Clinical response and changes in the fecal microbiota and metabolite levels after fecal microbiota transplantation in patients with inflammatory bowel disease and recurrent Clostridioides difficile infection. Fujita Medical Journal 2021;7:87-98.
(7月28日、診療内容向上研究会より)