兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2023.04.01 講演

[保険診療のてびき] 
新型コロナ感染症 場末の救急病院奮闘記
(2023年4月1日)

神戸掖済会病院 救急科・総合診療科部長 馬屋原 拓先生講演

はじめに
 神戸掖済会病院は神戸市垂水区にある病床数325床の病院です。救急車は年間4500台超、手術は年間2500件超とまずまず頑張っています。一方で手術支援ロボットは導入されておらず、2017年には産婦人科と小児科を閉鎖して地域包括ケア病棟を開設するなど、急性期バリバリの総合病院ではない、いわば場末の、穏当な言葉をつかうなら地域密着型の二次救急病院です。
 新型コロナ禍は社会に大きなインパクトを残す災厄でしたが、どの場所からみるかによってみえる景色がかなり違った出来事でもあったと思います。本稿では神戸掖済会病院からみた新型コロナ禍を振り返ってみます。
第1波
 2020年の春に新型コロナ禍がはじまりました。当院では救急外来のある1階を発熱患者診察ゾーンとし、2階にある一般外来には発熱患者を入れない方針をとりました。それまで面談室や授乳室として使われていた1階の個室三つに加え病院敷地内にプレハブを二つ設置し、最終的にはさらに救急外来の面積を2倍に拡充して発熱患者の隔離スペースを確保しました。
 2020年3~6月の第1波では院内でPCR検査ができず、保健所に依頼する必要がありました。しかし保健所がPCR検査を受けつけてくれるのは濃厚接触者、帰国者および胸部CTで新型コロナ肺炎が疑われる症例のみで、検査を受けること自体が非常に難しい状況でした。
 当時の記録を振り返ると、第1波の約2カ月間で発熱外来の受診患者数は200人ほど、そのうちPCR検査にたどり着けたのは40人ほどで、陽性確定者はわずかに2人でした。感染者は非常に少なく、一方で社会には膨大な陰性確認のニーズがあって、診断能力の欠如からそのニーズにまったく対応できなかったのが第1波でした。
第3波~第4波
 2021年1~2月の第3波ではじめていわゆる医療崩壊が起きました。地域の新型コロナ病床はつねに満床で、ホテル療養中の患者が急変し呼吸状態が悪化しても受け入れ先は見つかりません。当院は中等症対応病院で重症化した症例は重症対応病院に転送する手筈でしたが、実際には重症対応病院はつねに満床で、人工呼吸管理になっても転送はできませんでした。一時は新型コロナ病棟10病床中4病床の患者が人工呼吸管理となり、それを契機に当院も第4波以降は重症対応病院として診療にあたりました。
 新型コロナ病棟の入院患者は第3波までは80代以上の高齢者や施設入居者が多かったのですが、第4波では全員が70代以下の重症患者となりました。入院できない新型コロナ患者が病院外にあふれ、施設や在宅で往診医により酸素投与、ステロイド投与を受けてなんとかしのぐ状況でした。行政により隔離解除の要件が緩和され、当院はポストコロナ病棟という名の事実上の第2新型コロナ病棟をつくり、隔離解除した患者を次々ポストコロナ病棟に移すことで新型コロナ患者の受け入れを続けました。自宅で一定期間しのいだ重症症例を保健所が隔離解除宣言し、直接当院ポストコロナ病棟で受け入れることも多々ありました。自宅で酸素8L(最大流量5Lの酸素濃縮装置を二つ使用したのだそうです)で10日間しのぎきり、当院搬送でポストコロナ病棟に入院、無事に治癒された若い患者さんが印象に残っています。患者さんはもちろんですが、保健所、往診医や訪問看護師、在宅酸素関連会社の皆さんの獅子奮迅の頑張りに心を打たれました。
第5波以降
 第5波でデルタ株、第6波でオミクロン株が主体になるにつれ新型コロナは急速に死なない病気となり、第6波、第7波では肺炎の患者さんを診る機会自体が激減しました。一方で感染の波が拡大するたびに医療崩壊は繰り返され、ピーク時には毎日10件以上、遠隔地(西宮方面や姫路方面)からの救急受け入れ要請がありました。
 第6波以降の医療崩壊の特徴は新型コロナ病床だけでなく一般病床も不足したことで、当院も午前中に全ての病床が埋まり午後は機能停止する日が続きました。一般病床の不足にはいくつかの要因がありました。まずはコロナ、非コロナ問わず地域の入院需要が激増したこと。感染の波が来るたびに公的病院が一般病床を減らしてコロナ病棟を拡充したこと。新型コロナの可能性がある発熱患者を受け入れるためには、基本的に新型コロナ病床と一般病床の両方の空床が必要であること。そして家庭、施設、療養型病院でクラスターが多発し、急性期治療が終わっても退院先がない状況が頻発したこと。これらが相まって第6波以降も医療崩壊が繰り返されました。第6波以降は、新型コロナを厳格に隔離することのデメリットがメリットをはるかに上回っていたと感じます。
 2022年9月に全数届出が終了し、第8波では届出不要で公的にはカウントされない多数の感染者が発生しました。第6波以降あまりみなかった新型コロナ肺炎の入院症例が増えましたが、第5波までと違いほぼ全例が人工呼吸管理を必要とせず生存退院となりました。また第8波の肺炎症例のほとんどがワクチン未接種で、あらためてワクチンの効果を実感しました。
既感染率の比較
 第8波までを通じて当院で入院した新型コロナ症例は約600例、外来と入院あわせて1万7000件余の新型コロナ検査をおこない、そのうち陽性となったのは3400件ほどでした。図1は全国、神戸市そして神戸掖済会病院職員の新型コロナ既感染率の推移を月毎にパーセンテージで示したものです。全期間で神戸市の既感染率は全国の既感染率よりやや高いこと、2022年9月以前は神戸市の既感染率と当院職員の既感染率に大きな差がないことが読み取れます。2022年9月に全数把握が終了した以降、神戸市と当院職員のみかけ上の既感染率は乖離していきますが、おそらく現在も神戸市と当院職員の真の既感染率に大きな差はないはずで、現在の神戸市および全国の既感染率はすでに50%を大幅に上回っているのでしょう。
地域の皆さんとスクラム組んで
役割果たしたい
 以上、神戸掖済会病院からみた新型コロナ禍を振り返りました。社会もしくは国民の立場からみた場合、新型コロナ禍にたいする私たち医療サイドの対応は残念ながらまったく不十分で不完全であったと思います。次のパンデミックが起きた場合にどう対応するべきか、行政レベルもふくめて反省し対策していく必要があるでしょう。その一方で今回の新型コロナ禍を通じて、大きな課題に直面した際に医療機関ごとではなく地域全体で向き合い解決していく、その下地が醸成されたという収穫があったと感じています。
 次のパンデミックがいつ来るのかはわかりませんが、多死社会という大きな困難は目前です。その中で神戸掖済会病院は場末の、もとい地域密着型の二次救急病院として、地域の皆さんとスクラムを組んで、自分たちの役割をしっかりと果たしていきたいと考えています。

(4月1日、神戸支部研究会より)



図1 新型コロナ既感染率の推移
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