医科2023.05.20 講演
[保険診療のてびき]
胃酸分泌抑制薬
-その選択のコツと長期連用時の注意点-
(2023年5月20日)
兵庫県立はりま姫路総合医療センター 院長 木下 芳一先生講演
胃酸分泌抑制薬の種類
胃内には胃粘膜の壁細胞が分泌した0.01N程度の塩酸が分泌され、これによって健常者の空腹時の胃内のpHは2程度となっている。塩酸は食物に混入する細菌を殺菌したり、蛋白分解酵素で胃粘膜の主細胞から分泌されるペプシンを活性化して蛋白消化を促進する働きがある。これらの酸刺激やペプシンによる消化から胃粘膜を守るために胃では粘液が分泌され粘膜細胞上に粘液層が作られる。さらに、この粘液層内に少量の重炭酸を分泌することで粘液層内に表層から浸透してくる塩酸を中和している。また、食道では下部食道括約筋による逆流防止機構によって胃液の食道への逆流を防ぎ、逆流が起こっても食道の収縮と唾液の嚥下によって胃液を胃内に押し戻し、食道粘膜を酸から守っている。このような胃や食道の防御機構に異常が起こり、胃酸と胃酸によって活性化されたペプシンが原因で発症する疾患を酸関連疾患と呼んでいる。酸関連疾患には逆流性食道炎、非びらん性胃食道逆流症、胃・十二指腸潰瘍、胃炎などが含まれ、これらの疾患には胃酸分泌抑制薬の投薬が治療や再発抑制のために有用であり、健康保険でも胃酸分泌抑制薬の使用が認められている。ペプシンの活性を十分抑制するためには胃内のpHは4以上にすることが必要である。また、合併症として消化管出血が起こった場合に血液凝固が起こり、止血が完了するためにはトロンビンなどの血液凝固に関係する酵素が活性を示すために胃内のpHを5.5以上に維持することが必要であると考えられている。
胃酸分泌抑制薬には酸中和薬、ムスカリン受容体拮抗薬、ヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2RA)、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)が高頻度に使用されている。これらの薬剤にはそれぞれ異なった特性があり、その特性を理解して使用することが重要である
酸中和薬
酸中和薬は即効性があり内服後すぐに症状の改善効果が期待できる。ただし一般的な量の酸中和薬を使用した場合に胃内のpHを高くコントロールできる時間は1時間以内である。このため酸中和薬だけで胃内のpHをコントロールして酸関連疾患を治療、あるいは再発抑制することは困難であると考えられる。また、酸中和薬は金属イオンを含んでおり他の薬剤の消化吸収を抑制する場合が少なくない。ムスカリン受容体拮抗薬は効果があまり強くないことに加えて、眼、心臓、膀胱などの機能に影響し多くの有害事象が発生する。
このため、胃酸中和薬やムスカリン受容体拮抗薬は使用されることが少なくなっている。
ヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2RA)
H2RAは最近日本人でも多くなったヘリコバクター・ピロリ(Hp)感染陰性者に使用すると効果が弱く、特に日中の胃酸分泌抑制力は弱い。さらに、内服を連日継続すると2週間程度で薬剤耐性の現象が現れ、胃酸分泌抑制効果が半分以下となってしまう。さらに、腎排出の薬剤が多いために、腎機能が低下をしている患者では減量が必要となる。高齢者に使用するとせん妄や認知機能障害を引き起こしやすい点も問題視されている。
内服後2時間程度で胃酸分泌抑制作用を示すため、即効性に優れすぐに症状を抑制したい場合には有効であるが長期連用には向かない。
プロトンポンプ阻害薬(PPI)
PPIは毎日投薬を行っても十分な胃酸分泌抑制効果が出現するまでに数日の時間が必要である。胃酸分泌抑制作用は連用しても減弱せず、腎機能の影響も受けない。また、酸関連疾患の中で最も患者数が多い逆流性食道炎患者で胃酸逆流が起こり、胸やけ症状も出現しやすい日中、食後の胃酸分泌抑制力が強い。このため、軽症の逆流性食道炎の治療や再発の抑制を目指した維持治療によく使用される。さらにアスピリンや非ステロイド系抗炎症薬による胃・十二指腸潰瘍の再発の抑制を目指した治療にも高頻度に使用される。
カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)
P-CABは使用可能な胃酸分泌抑制薬の中で最も強く胃酸分泌を抑制する。薬剤はPPIと違って酸に安定であるため剤型が腸溶コーティングされておらず、すりつぶすことが可能である。朝1回の投薬で1日中胃酸分泌を抑制でき、夜間でも胃内のpHを高く維持することができる場合が多い。さらに、内服後の効果の発現は早く4時間程度で十分な胃酸分泌抑制作用を示す。長期の連用でも耐性の現象は起こりにくく、PPIと異なって胃酸分泌抑制作用に患者の個人差も出現しにくいため、多くの患者に安定した胃酸分泌抑制効果を提供でき、逆流性食道炎や胃・十二指腸潰瘍の再発抑制療法としての長期使用にも向いている。PPI、P-CABの有害事象
このように、PPIやP-CABの投薬を行えば強力な胃酸分泌抑制を長期間にわたって安定して実施することができるため、酸関連疾患を有する多くの患者に長期間の投薬が行われることが多い。こうなると、本来胃酸が有していた殺菌作用、蛋白分解作用、ガストリン分泌抑制作用が長期間にわたって低下する。そこで、食べ物の中に含まれる細菌への殺菌作用が低下して消化管感染症が増えないか、ビタミンB12や鉄分の吸収が低下して貧血にならないか、カルシウムの吸収が低下して骨粗しょう症が増えないか、高ガストリン血症のために胃にカルチノイド腫瘍やポリープが出現しないか、など長期の胃酸分泌抑制に伴う有害事象の出現が心配された。PPIの長期使用に伴う有害事象に関しては7万人を14年間観察した前向きコホート研究や1万7千人を対象として3年間にわたってプラセボとの比較を行った二重盲検試験などが実施されている。これらの結果によるとPPIを長期使用しても悪性腫瘍などの生命予後にかかわる有害事象は生じないこと、唯一出現に気を付けないといけないのは腸管感染症だけであることが分かっている。
P-CABであるボノプラザンはPPIよりも強力な胃酸分泌抑制作用を示すため、長期投薬に伴う有害事象の出現がPPIよりも高いのではないかと心配された。確かにボノプラザンを使用すると血中のガストリンはPPI投薬中よりは高くなるが5年間の約200例を対象とした前向きのコホート研究ではPPI使用群と比較してボノプラザン使用群に高率に出現する臨床的に重要な有害事象はなさそうである。
現在明らかとされている研究結果ではPPIもP-CABも長期使用にあたっての安全性の懸念に関しては腸管感染症を除いて大きな問題はなさそうであるが、副作用のない薬剤は存在しないため必要最小用量を必要最短期間投薬するという原則を守ることが重要である。薬剤の投薬を開始する時には、投薬を中止する時を明確に考えながら処方をすることも大切である。
酸関連疾患に対して種々の胃酸分泌抑制薬が用いられるが、それぞれの薬剤には胃酸分泌抑制効果の強さだけではなく、有害事象を含めた様々な特性が存在する(表)。これらの特性を理解して、最も適切な場で最も適切な胃酸分泌抑制薬を選択することが重要であると考えられる。
全体にかかわる参考文献
1.日本消化器病学会。胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021 改定第3版 南江堂2.Kinoshita Y et al. Advantages and disadvantages of long-term proton pump inhibitor use. J Neurogastroenterol Motil 24:182-196, 2018.
3.Uemura N et al. Rationale and design of the VISION study: a randomized, open-label study to evaluate the long-term safety of vonoprazan as maintenance treatment in patients with erosive esophagitis. Clin Exp Gastroenterol 11:51-56, 2018.
4.Lo CH et al. Association of proton pump inhibitor use with all-cause and cause-specific mortality. Gastroenterology 163:852-861, 2022
(5月20日、薬科部研究会より)
表 胃酸分泌抑制薬の特徴