医科2023.06.18 講演
第55回総会記念講演より
コロナ禍におけるメンタルヘルスと嗜癖行動を考える(2023年6月18日)
東布施野田クリニック理事長・院長 大阪人間科学大学特任教授・兵庫教育大学客員教授 野田 哲朗先生講演
1 CBRNE災害としてのCOVID-19パンデミック
未知のウイルスがもたらしたCOVID-19パンデミックは、大地震、台風などの自然災害ではなく、テロや大規模事故で発生する(Chemical, Biological, Radiological, Nuclear, Explosive)災害に位置づけられています。不可視なウイルスや放射性物質は、広域に被害をもたらすため、著しい社会混乱を引きおこします。2011年の福島第一原発爆発は、まさにCBRNE災害でした。今なお放射線量の高い帰還困難区域があり、2023年2月1日時点で県外避難者21,101名、県内避難者6,293名、避難先不明者5名が存在していることを忘れるわけにはいけません。被曝者への支援がもっとも届きにくかったように、CBRNE災害は支援者も被災する恐れが支援を難しくさせます。COVID-19パンデミックでは、医療、福祉労働者は、感染の危険に晒されながら感染者の支援をおこない、感染すればスティグマタイズされる理不尽に憤ったことは記憶に新しいところです。2 感染症対策とメンタルヘルス
2020年、COVID-19パンデミック発災後、私は、共同研究者と急遽コロナ禍により学生や勤労者のメンタルヘルスと嗜癖行動に問題が出るとの仮説を立てて研究を始めました。これまで、学生を対象に5回の調査をした結果、平時に比して、重度のうつ不安の疑いのある学生が10~16%、2022年10月の調査では、過去30日間に多少なりとも自傷、希死念慮が出ている学生が男性で約30%、女性で約40%、LGBTと考えられる学生で55%となりました(図1)。
また、2023年3月、第8波の最中に勤労者を対象にWEB調査したところ、重度のうつ不安症状が12.6%存在し、勤労者のメンタルヘルスの悪化が窺われました。
近年、減少していた自殺者数は、2020年以後、反転し、とくに女性、小中高大学生が増加する異常事態になりました。
ソーシャルディスタンスを保つなどの国民を孤立化させる感染症対策は、メンタルヘルスにはディスアドバンテージであり、結果として自殺者数が増加したと考えます。
3 コロナ禍による嗜癖行動の変化
コロナ禍がもたらすストレスは飲酒量を増加させるのではと考えがちですが、高齢社会を迎え飲酒量が減少していたところに飲み会の自粛が重なり、さらに減少しました。しかし、ステイホーム、リモートワークが推進された結果、日中から飲酒することが可能になり、元来の飲酒問題が酷くなって治療に至るケースを臨床では経験しております。つまりコロナ禍は問題飲酒をより悪化させる契機になったということです。コロナ禍で危惧されるのが学生のゲームやSNS使用ですが、我々の研究では、コロナ禍でゲームやSNS利用時間が増えても減ってもメンタルヘルスにとって良くないという結果になりました。ゲームやSNS利用時間が多いまたは減少するとメンタルヘルスが悪化するのか、その逆なのかよく分かりません。うまくゲームやSNSを使えばストレス緩和になると考えられますが、ゲーム障害の疑いのある学生が5%から10%程度認められるのが問題です。スマホは、ゲームソフトをダウンロードすると24時間ゲームができる環境が形成されてしまうので、嵌まると抜けにくくなる究極の嗜癖がゲーム障害といえます。また、競馬、競輪などのギャンブルはコロナ禍で無観客試合となってもスマホアプリでできるので、スマホに賭博場があると形容できるほど簡単にギャンブルができるようになりました。今や、生活必需品のスマホは、ゲーム、ギャンブル障害を促進させるツールになってしまいました。
4 注視すべきギャンブル障害
嗜癖の本質を見事に表したのが、1961年に青島幸男が作詞し、植木等が唱って大ヒットしたスーダラ節です(図2)。ちょっと一杯と飲み出すとはしご酒になり、体が悪くなっても飲んでしまう「飲酒コントロール喪失」、アルコール依存症の特徴です。ギャンブルで負けて頭にきて金をつぎ込む、これは、ギャンブル障害によく認められる「深追い」です。つぎ込む金がなくなると借金に走ったり、中には犯罪に手を染める人もいます。家族が何百万円もの借金の立て替えをしてしまうことがざらです。
スーダラ節が発表された1960年代は、池田勇人首相が所得倍増計画を打ち出し、高度経済成長まっしぐらになった時期です。飲酒、パチンコ、競馬などの嗜癖行動でストレスを解消しながらがむしゃらに働き、ジャパンアズナンバーワンともてはやされることになりました。嗜癖行動が資本主義発展を裏から支えたと言えます。しかし、バブル崩壊、中高年男性の自殺者急増、デフレスパイラルに陥ります。そして、経済停滞からの脱却に再び頼りにしだしたのが嗜癖行動です。2030年開業予定の大阪府・大阪市のカジノ事業を含む総合リゾート(IR)は、カジノの納付金、入場料や経済効果で2500億円の税収を見込んでいます。行政はギャンブル障害の予防・治療を力説しますが、ギャンブル障害の利用者が増えるほどカジノ事業が繁盛するので、欺瞞に見えてしまうのです。
明らかに問題が生じているのに病気と認めない、周りに迷惑をかけていることに気づかない「否認」が嗜癖の病の特徴ですが、嗜癖行動に頼った経済政策が、本人、家族をどん底に陥れることの「否認」を国家がしているのではないでしょうか。
アルコール依存症、ギャンブル障害などの治療を私は専門にしておりますが、長期に渡って断酒、断ギャンブルに成功する人はせいぜい20%。予防・治療が非常に難しい病気です。
この機会にぜひ、嗜癖問題への関心を深めていただければと存じます。
(6月18日、第55回総会記念講演より)
図1 コロナ禍における学生のうつ不安レベルの推移
図2 スーダラ節