兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2023.07.06 講演

[保険診療のてびき] 
認知症の周辺症状について
(2023年7月6日)

県立ひょうご こころの医療センター精神科 小田 陽彦先生講演

周辺症状とは
 認知症の症状は「中核症状」と「周辺症状」に分類される(図1)。
 中核症状は認知症疾患そのものから起こる認知機能障害で非可逆的に進行していく。
 周辺症状は中核症状の影響によって副次的に出現し、治療や介護のうえで個別的な工夫を要するものの、対応次第で軽快できる可能性がある。認知症の人の症状を「認知症症状」と大雑把に捉えるのではなく、非可逆的な「中核症状」と可逆的な「周辺症状」があると認識するのが重要である。
認知症の行動・心理症状
 周辺症状と同じような意味の用語として「認知症の行動・心理症状」がある。Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia(BPSD)と略されることも多い。認知機能障害を基盤に、身体的要因、環境的要因、心理的要因などの影響を受けて出現し、焦燥性興奮、攻撃性、脱抑制などの行動面の症状と、不安、うつ、幻覚・妄想をはじめとする心理症状がある。
 レビー小体型認知症ではBPSDの一種である幻視が周辺症状ではなく中核症状に位置付けられていたり、前頭側頭型認知症では中核症状である脱抑制が早期から目立ちBPSDの一種である攻撃的行動がみられたりするように、一部の認知症疾患ではBPSDが周辺症状ではなく中核症状と位置付けられている。
 とはいえ認知症疾患の多数を占めるアルツハイマー型認知症や血管性認知症ではBPSDは周辺症状とほぼ同義であるので、本稿では周辺症状という用語に統一して議論したい。
除外診断が第一
 厚生労働省で開催された「安心と希望の介護ビジョン」検討会において、有識者から周辺症状の悪化要因のうち最もよくみられる上位三つに挙げられたのは、1位「薬剤(37.7%)」、2位「身体合併症(23.0%)」、3位「家族・家庭環境(10.7%)」だった。
 薬剤は処方箋なしでは入手できないことから周辺症状で難儀している場合はだいたい医者が悪いといって過言ではない。
 2位の「身体合併症」とはすなわち歯痛、便秘、脱水などによる不快感が原因でイライラや焦燥の悪化につながる事例を指す。認知機能障害が原因で不快感をうまく言葉で表現できないので精神症状という形で表現していると考えられる。身体合併症の診断と対応は医師の独占業務、すなわち他職種ができない仕事であることから、周辺症状で困った時に医師が最初にすべきなのは身体合併症の除外診断であると言える。
次いで断酒指示
 除外診断の次にすべきは断酒指示である。アルコールは易怒性、興奮、脱抑制、幻覚、妄想、うつなど様々な精神症状を起こす。厚生労働省の補助金で作られた「市民のためのお酒とアルコール依存症を理解するためのガイドライン」では「*どの精神疾患であっても、その治療が完結するまでの間は、お酒を飲むことを控えることが、治療上非常に重要です。」と記載されている。周辺症状には精神症状も含まれることからその治療に断酒を要するのは当然である。
 よって病歴聴取時に飲酒習慣を確認し、少しでも飲酒していれば医師が断酒を指示する必要がある。少量飲酒であってもアルコール血中濃度は若年時よりも高くなりがちでその分有害事象も生じやすいからである。
 断酒指示は必ずしも医師の独占業務ではないが「お酒は控えめに」などと医師が本人に中途半端な指示をしてしまうと言われた側は「控えめにということは少しの酒なら大丈夫ということだ」と拡大解釈し、家族等がどれだけ止めても「医者が大丈夫と言った」と主張し酒をやめないという事態がしばしば生じる。他職種がこれを訂正するのは不可能なので医師が断酒指示をしなくてはならない。
 また、精神科の薬(向精神薬)はアルコールとの相互作用があり飲酒した日に薬を飲むのは危険である。よって断酒指示をしないで精神科の薬を処方するのはあり得ない。
減 薬
 上述した通り周辺症状悪化要因の1位は薬剤である。もっとも、あらゆる薬剤が周辺症状を悪化させるわけではない。悪いのはだいたい精神科の薬である。1890薬局から5447人分の患者データを収集した薬剤師による臨床研究の結果を図2に示す。高齢者に副作用を出す薬の多くは精神科の薬であるのが分かる。
 全国の保険薬局を対象に当該薬局において訪問サービスを実施している薬剤師に対して、訪問対象患者に関する調査票への記入を依頼した研究において、副作用が10件以上報告された被疑薬の薬効中分類の一覧である。報告された件数の割合を示している。上位3項目は中枢神経に作用する薬剤だった。
 催眠鎮静剤、抗不安剤に含まれるベンゾジアゼピン受容体作動薬(以下、ベンゾ)は外来患者の年齢階級が高いほど処方される割合が多いとレセプト分析で報告されているが、ベンゾを65歳以上の患者に使うと認知機能低下、せん妄、脱抑制、転倒、骨折などの危険があるので周辺症状で困っているのなら減薬する。その他の中枢神経用薬に含まれる抗認知症薬はドネペジルなどのコリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)の二種類があるが、いずれも攻撃性や錯乱といった副作用が報告されていることから、周辺症状で困っているのなら減薬する。精神科の薬以外で周辺症状を悪化させうる薬としてH2受容体拮抗薬、第一世代抗ヒスタミン薬、抗コリン作用のある過活動膀胱治療薬などがあるので減薬ないし変薬を検討する。
終わりに
 以上述べてきた周辺症状に対する戦略を図3に示す。
 認知症の周辺症状への対応は理由を探るのが重要である。そのために除外診断が第一である。
 次いでアルコールは様々な精神症状を起こすので断酒を指示する。
 最後に周辺症状の悪化因子はだいたい薬なので減薬する。
 ここまでやってそれでも周辺症状が残存する場合は生活習慣を変える、環境調整をする、家族教育をするといった対応を考える。介護保険のデイサービスに通うと気分が晴れるようになることが多いので導入を積極的に検討する。

(7月6日、女性医師・歯科医師の会研究会より)


図1 認知症の中核症状と周辺症状
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図2 在宅医療における副作用の被疑薬一覧
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図3 周辺症状に対する戦略
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