医科2024.01.20 講演
収録音とケースで学ぶ、全身の聴診術
[診内研より542] (2024年1月20日)
浦添総合病院・病院総合内科 石井大太先生講演
はじめに
筆者の身体診察の師匠である須藤博先生(大船中央病院)は身体所見を学ぶための条件として「そこにその所見があること」、「そこに自分がいること」、「その所見を教えてくれる人がいること」を挙げている。そしてこの3条件が揃うことを「僥倖」と言っている。近年スマートフォンやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の普及に伴い、医学の領域でも個人情報に注意を払えば、身体所見を写真や動画で撮影し、他者と共有することができるようになった。特に目で見える所見は、写真や動画によってそこにいなくても学べる機会が多くなっている。しかし、聴診はその特殊性ゆえに共有することが難しく、習得するためにはベッドサイドで一緒に聴く他なかった。
今回自作の録音聴診器を用いて筆者が臨床の中で収音した音源をもとに、症例ベースで全身の聴診所見を紹介した。
頸部の雑音と甲状腺機能亢進症
頸部で雑音を聴取した場合に鑑別に挙がるのは、頸動脈のBruit、静脈コマ音そして甲状腺のBruitである。頸動脈のBruitは収縮期に強調される雑音であり、両側の総頸動脈分岐部を聴診器のベル型を用いて聴診する。聴取するときは患者に息止めを促す。狭窄率が70-80%程度になると雑音が収縮期だけでなく拡張早期まで遷延することもある。また完全閉塞を来した場合は、むしろ雑音が消失することがあるため、注意が必要である(Clinical Methods:The History, Physical, and Laboratory Examinations. 3rd edition.)。頸動脈のBruitを聴取するときは頸動脈狭窄に加えて高心拍出状態(貧血、妊娠、甲状腺中毒症など)が鑑別に挙がる。
静脈コマ音は拡張期に強調される連続性雑音である。名前の通り内頸静脈内に生じた乱流によって発生する音であり、頸動脈のBruitと比較して音が極めて低調で、微弱である。被検者に軽く息止めをしてもらい、胸鎖乳突筋にベル型を当てて聴取する。鑑別は貧血や妊娠、甲状腺中毒症などの高心拍出状態である。
甲状腺のBruitは甲状腺直上で聴取される連続性雑音である。これは甲状腺内に動静脈瘻が形成され、かつ甲状腺への血流量が増加することで発生する雑音である。甲状腺のBruitはTSHやTSHレセプター抗体によるTSH受容体に対する直接的な刺激が発生に寄与しており、甲状腺ホルモンのみが上昇する破壊性甲状腺中毒症とBasedow病の鑑別に有用である可能性が指摘されている(Am J Med. 2014 Jun;127(6):489-90., Eur J Endocrinol. 1999 May;140(5):452-6.)。
cracklesだけじゃない、肺炎の聴診所見
肺炎という診断から真っ先に想起される聴診音はおそらくcracklesであろう。cracklesの肺炎に対する陽性尤度比は2.3と決して高くない(マクギーのフィジカル診断学 原著第4版.診断と治療社, 2019.)。ここでは肺炎の聴診所見として肺胞呼吸音の気管支音化とヤギ音を紹介する。呼吸音は口腔から第7-9分岐までの気管・気管支内を気体が通ることで発生する音である。気管直上や胸骨両側、肩甲骨間など、より中枢の気管支に近い部位では気管・気管支呼吸音が聴取される(図1)。一方肺野末梢では肺胞呼吸音が聴取される(図2)。正常な肺胞組織は高音を吸収し、低音を透過させる特徴がある。肺胞呼吸音は高音成分が吸収された気管・気管支呼吸音ということになる。
肺炎など正常な肺胞組織が硬化する病態では、音の透過性が亢進し本来なら肺胞呼吸音が聴取されるはずの肺野末梢で、あたかも気管の直上で聴診をしているかのような気管支呼吸音が聴取されることがある。これを肺胞呼吸音の気管支音化と呼ぶ。
ヤギ音は被検者に「イー」という発音をしてもらい、それを胸部にあてた聴診器で聴き取る手技である。正常ではややくぐもったような「イー」という音が聴こえるが、肺炎のある部位に差し掛かると、「アー」という鼻にかかったような音に変化する。音の性状から「E to A change」ともいわれる。
口元で聴くcrackles
慢性閉塞性肺疾患(COPD)では呼気にかけて比較的中枢に近い気管支が虚脱し、閉塞する。吸気早期にさしかかると閉塞していた気管支が再開放しcracklesが発生する(Thorax 29.2(1974):223.)。これをearly inspiratory cracklesと呼ぶ。early inspiratory cracklesは口元に放散することがある。COPD急性増悪は呼吸困難や喘鳴といった症状を呈することから、しばしば心不全と鑑別を要することがある。心不全におけるcracklesは口元に放散せず、COPDとの鑑別の一助となることがある(Intern Med. 2007;46(23):1885-91.)。腸閉塞のフィジカル
腸閉塞を示唆する聴診所見は決して多くはないが、ここでは金属音と振水音を紹介する。金属音は腸閉塞の際に聴取される腸管の蠕動音であるが、原則として長い無音期の間にわずかに聴取される。音は非常に高調である。腸蠕動音の評価に関して、正常であっても腸管蠕動は活動のピークとピークの間隔が50-60分程度空くとされており、数秒の聴診だけで腸蠕動音の亢進・減弱を評価するのは現実的ではない。筆者は聴診器を当てた時に腸蠕動音が「ある」か「ない」か、によって評価している。腹痛が出現したときに聴いてみるのも一つの方法である。
振水音は腹部に聴診器を当てながら、腹部を左右に揺らすことで腹腔内の性状を評価する方法である。胃幽門閉塞や腸閉塞など腹腔内で多量の気相と液相が混在している場合は「チャポン、チャポン」という水が跳ねるような音がすることがある。
大腿骨頸部骨折の聴診所見
長管骨は音の伝導性に富んでいる。大腿骨頸部骨折などでは、この特徴を生かして聴性打診により骨折の有無を評価してみる。大腿骨頸部骨折の聴性打診は被験者の恥骨結合に聴診器の膜型を当て、両側の膝蓋骨を同じ強さでタッピング(打診)する。骨折側では健側と比較して打診音が小さく鈍く聴こえる。
おわりに
聴診は心臓や肺に限らない。血液検査や画像検査ができなかった頃、先人達は身体が発する音に耳を傾け、少しでも診断に近づこうとしていた。拙著が先達の苦悩と工夫に思いを馳せ、改めて聴診を愉しむきっかけになれば幸いである。(1月20日、第605回診療内容向上研究会より、講師所属は講演時のもの)
図1 気管・気管支呼吸音の特徴
図2 肺胞呼吸音の特徴