医科2024.02.29 講演
[保険診療のてびき]
「医療者が知っておくべきLGBTQs(性的マイノリティ)の知識」㊤(2024年2月29日)
一般社団法人 にじいろドクターズ代表理事 坂井 雄貴先生講演
坂井医師は2021年に、プライマリ・ケアに係わる医師を中心とした医療者のコミュニティとして一般社団法人にじいろドクターズを立ち上げました。
にじいろドクターズを通して、医療者がLGBTQについて、適切な知識と態度を学び、共に考える機会を提供することで、すべての人がその人らしく健康に暮らすことができる社会をめざし、医療現場でのLGBTQと健康について啓発活動を行っています。講演録を3回にわたりご紹介します。
LGBTQにまつわる現状と課題
LGBTQは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィアあるいはクエスチョニング、この頭文字を指します(図1)。レズビアンは女性の同性愛者の方、ゲイは男性の同性愛者の方、バイセクシュアルは男性・女性いずれも恋愛・性愛の対象となる方(両性愛者)、トランスジェンダーは出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる方のことを指します。
クィアは英語で「奇妙な」という意味があり、元々は英語圏で男性同性愛者を蔑視する言葉として使われていましたが、当事者の方々が運動の中で自分たちを指す言葉として使用していった背景があり、現在では、男性同性愛者に関わらず、何らかの性的マイノリティを自認する方が自身のアイデンティティを指す言葉として使われます。
また、セクシュアリティを決めたくない、探求中である方をクエスチョニングと言います。
性的指向や性自認は、マイノリティだけの問題ではなく、すべての人に関わることであるため、最近はSOGI(Sexual Orientation/Gender Identityの略)という言葉もよく使われるようになっています。
LGBTQの方の割合は、日本の様々な調査結果では3~10%とされています。これは10人から30人に一人であり、日々の診療で出会っていてもおかしくない、身近な存在なのです。
LGBTQの方の健康格差
LGBTQの方たちはどのような健康格差にさらされているのでしょうか。主要なものとしては性感染症とメンタルヘルスがあり、うつ病、不安障害、自殺企図、また健康を害するような行動、喫煙・飲酒・薬物使用のリスクが高いと言われています(図2)。性感染症ではHIVの新規感染者は依然男性同士の性交渉での感染が多く、LGBTQコミュニティにおける大きな健康問題となっています。梅毒・A型肝炎の流行もみられます。日本のデータでは、自殺未遂の経験がある男性の割合は、GB(ゲイ・バイセクシュアル)の方で異性愛の方の約6倍高くなっています。また他の精神科的な合併症のない性同一性障害(今は性別違和・性別不合)の希死念慮の生涯率は約6割を超えるというデータもあります。LGBTQであることにより、さまざまな差別・偏見にさらされ、メンタルヘルスが悪化している現状が窺えます。
2023年の調査では「医療関係者にセクシュアリティ、自分の性のあり方を安心して話すことができるか」という質問に対して、8割の当事者の方が「できない」と回答しています。実際に、医療者にどこまで話していいのかが分からない、そもそも医療者がセクシュアリティに関する知識や理解がない、医療者からLGBTQでないことを前提とした質問や発言を受ける、不要な男女分けを強いられるなど、様々な困難の声があげられています。
また、LGBTQの方たちが抱える社会的な課題は、学校でのいじめや家庭での疎外、就職困難や福利厚生での不利益、医療現場での不平等な取り扱い(入院時にパートナーが家族とみなされない、病状説明を受けられないなど)と生涯にわたります。これは、性のあり方が人の生き方・あり方そのものに深く関わっているからであり、子どもから大人まですべての人に関わる問題であることを認識する必要があります。
その中で、すべての人の医療を適切に届けるためには、まず医療者が適切な知識・対応ができるのかが重要です。医療者が適切な知識・対応を身につけていくことで、LGBTQの方たちの健康問題がより良い方向に向かい、また社会の偏見・差別に対しても、ポジティブな影響を与えていくことができます(図3)。
LGBTQの方は患者さんだけではなく、当然医療者にも存在しています。医療者の方は、患者さんについては意識が向きやすいですが、働き手としての医療者自身や、共に働く人たちのことは意識されにくい現状があります。たとえ目に見える形でいなかったとしても、管理職など責任を持つ人が率先してLGBTQフレンドリーな職場環境の仕組みを作り、必要なときに当事者がサポートを受けやすい雰囲気を作るということは非常に重要で、これは離職率の低下や、働き手の健康にも繋がってくる問題です。
同性愛・トランスジェンダーであることは病気ではない
医療者の皆さんにお伝えしたいのは「同性愛あるいはトランスジェンダーであることは病気ではない」ということです。同性愛に関しては、1987年に米国精神医学会が出しているDSMⅢ-Rから、1990年にWHOの国際疾病分類ICD-10からも削除され、国際的にも「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とならない」と示されています。トランスジェンダーに関しては、1980年に性同一性障害という病名がDSM-Ⅲで作られ一般的に知られるようになりました。この名称はトランスジェンダーであることが障害だとラベリングされてしまうことにつながる懸念の声が多く上がるようになり、2013年にDSM-5で性別違和(Gender dysphoria)という診断名に変わりました。これは自分自身の性別について違和感が強くあって、それが著しく苦痛を感じる状態を疾患とみなしたものであり、違和感そのもの(トランスジェンダーであること)は疾患でも治療の対象でもないと考えられています。2018年にICD-11で性別不合との名称がつけられ、2022年から実際の運用が始まりました。こちらでもConditions related to sexual health、性に対する健康の状態とみなされており、「脱障害化・脱病理化」がなされています。
同性愛・トランスジェンダーは、当事者を中心とする様々な人権活動の高まりを経る中で、いずれも障害でも病気でもないとみなされるようになった歴史があるのです。
一方で、トランスジェンダーの方に関しては、医療を必要とする人たちがいます。ホルモン療法や手術など性別適合の治療を求める方が適切に医療を受けられるようにするために、病名が必要になるということです。繰り返しになりますが、トランスジェンダーであることそのものは治療の対象ではなく、トランスジェンダーであることで社会とのギャップが著しく苦痛を生む場合にその苦痛を治療するという理解が、医療の立場としてとても重要です。
性自認・性的指向とは
性自認・性同一性(Gender identity)とは、自分自身の性をどのように認識しているか・どのような性にアイデンティティを持っているかということです。出生時に指定された性別と性自認が一致している場合はシスジェンダー、一致しない場合はトランスジェンダーと言います。自認する性が女性・男性にあてはまらない場合はXジェンダー、あるいはノンバイナリーと表現することが多いです。性的指向は、恋愛や性愛の対象となる性を指します。重要なのは漢字表記であり、「嗜好」や「志向」ではありません。恋愛や性愛の対象となる性は、趣味嗜好でもなく、また自分自身が志してなるものではないからです。自分で好きに選べる問題であるという誤解が、性的指向についての差別の原因となっているため、正確な表現と理解が必要です。
異性を好きになる方をヘテロセクシュアル、同性を好きになる方を女性の場合レズビアン、男性の場合ゲイと言います。異性・同性をどちらも好きになることがある方をバイセクシュアルと言いますが、バイセクシュアルの方についても、男性・女性どちらを好きになるのかを意図的に選べるわけではないということが重要です。
医療者がこうした性のあり方について知る意味とはなんでしょうか。その理由の一つは健康・社会的リスクの把握です。LGBTQの方たちが抱える様々な健康・社会的リスクを知りサポートするために必要となります。また、自身のアイデンティティであるセクシュアリティを理解してもらうということは、信頼関係を築く上で非常に重要となります。セクシュアリティは他者が決めつけたり、ラベリングしたりするものではなく、本人のアイデンティティであること、人権として尊重されるものであることを十分に認識した上で、医療者としてなんのために知るのかというところを意識していただけたらと思います。
(次号につづく)
(2024年2月29日、女性医師・歯科医師の会研究会より講演録作成)
※掲載の図表は講演資料を転載しています。二次使用はお控えください。図1 LGBTQとは?
図2 LGBTQの人々がさらされている健康格差
図3 LGBTQの人々の困難を生む構造