医科2024.03.16 講演
COVID-19後遺症としての認知機能障害
-病態機序と治療の展望-
[診内研より544] (2024年3月16日)
岐阜大学大学院 医学系研究科 脳神経内科学分野 教授 下畑 享良先生講演
はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)後遺症にはさまざまな名称があるが、SARS-CoV-2ウイルスの直接的影響をとらえる狭義の用語として、post-acute sequelae of SARS-CoV-2 infection(PASC)が推奨されている。PASCの臨床像を検討した米国のRECOVER研究では、特徴的な13の症状が特定されたが、そのなかには嗅覚・味覚障害、ブレインフォグ、疲労、運動異常症といった神経症状が含まれていた。またブレインフォグのみならず、2022年に15万人以上のCOVID-19患者を対象とする大規模研究にて認知機能障害が生じることも明らかにされている。本稿では、COVID-19に伴う認知機能障害に関して、臨床研究、画像・病理研究、病態研究、治療研究に分けて概説したい。
臨床研究
a)PASCにおける認知機能障害10カ国による大規模コホート研究において、PASCの症状の頻度は、発症3カ月後において呼吸障害60.4%、疲労51.0%、認知機能障害35.4%と報告されている。また米国退役軍人省データベースを用いたCOVID-19患者15万4068人を含む研究で、発症12カ月後における全神経学的後遺症のハザード比は1.42、認知・記憶障害は1.77、アルツハイマー病は2.03と報告された。
b)認知機能障害の危険因子
PASCにおける認知機能障害の危険因子として、①高齢者、②急性期が重症であること、③持続的な嗅覚障害が報告されている。まず①②に関しては、中国武漢での感染者1438人の12カ月後の認知機能を評価した研究で、認知症の有病率は12.4%であり、また60歳以上の入院患者ではリスクが上昇すること、および急性期に重症であった症例では認知機能障害が高度であることが報告された。またノルウェーの研究では、罹患6カ月後に記憶障害を呈する頻度は高齢ほど高く、60歳以上では24%であった。
③に関しては、アルゼンチンの電子医療記録を用いた研究で、成人766人を抽出し、1年間、前方視的に追跡したところ、3カ月を超えて嗅覚障害が持続する場合、認知機能障害はおよそ1.5倍増加することが示されている。
画像・病理研究
多くの研究が報告されているが、以下の報告が注目される。英国UK Biobankに登録された感染者401人の感染前と感染4カ月半後の頭部MRIを比較したところ、眼窩前頭皮質、および海馬傍回の灰白質厚および組織コントラストの大幅な減少、ならびに全脳サイズの大幅な減少を認めた。この眼窩前頭皮質の萎縮は米国の研究でも確認され、さらにCOVID-19で死亡した26人から採取した眼窩前頭領域の脳組織の病理学的検討で、5人に組織傷害を認め、全細胞の37%がスパイク蛋白陽性で、特にアストロサイトに感染を多く認めた。またマカクザルに対する経鼻的な感染実験が行われ、若年のサルでは認めなかった眼窩前頭皮質への感染が、老齢ザルでは認められたことが報告された。
病態研究
a)PASCの病態機序PASCの病態機序としては、①持続感染、②腸内細菌叢への影響、③自己免疫、④微小血管血栓症、⑤ウイルス再活性化、⑥迷走神経機能障害といった可能性が指摘されているが、いずれか単独ではなく、複数が関与して発症すると考えられている(図)。②④⑥を結びつける仮説として、セロトニンの欠乏の関与が指摘されている。
認知機能障害の原因としてはウイルスの直接ないし間接的な影響が示唆されている。前者、すなわちウイルスの脳への到達については複数のルートが指摘されている。①ウイルス受容体であるACE2を豊富に発現する脈絡叢を経由するルート、②ACE2を発現する周皮細胞、内皮細胞への感染を経て、血液脳関門を経由するルート、③経鼻的に感染し、嗅覚伝導路を経由するルート、そして④頭蓋骨・髄膜結合を経由するルートである。
b)アルツハイマー病の発症が増加する機序
COVID-19がアルツハイマー病の誘因となる複数の病態機序が報告されている。まずサイトカイン・ケモカインが関与する可能性が指摘されている。マウスおよびヒトにおける検討で、軽度の呼吸器感染であっても、ケモカインCCL11(エオタキシン)等を介して、ミクログリア活性化や海馬の神経新生の障害、髄鞘化の障害が生じ、神経機能回路の障害が生じることが指摘されている。
さらにアミロイドβやタウの凝集といったアルツハイマー病病理変化が、COVID-19罹患に伴う炎症性サイトカインや、ミクログリアやアストロサイトの活性化を介して促進される可能性も指摘されている。ApoE4アリルが神経炎症を増強する可能性や、アルツハイマー病患者の海馬・側頭葉でACE2発現が増加し、ウイルスとの結合を増強する可能性も報告されている。
治療研究
認知機能障害に対する特異的な予防・治療は現時点ではないが、PASCに対する予防・治療が有効である可能性がある。具体的にはCOVID-19ワクチン、抗ウイルス剤、ステロイド、抗うつ剤(ボルチオキセチン)などが検討されている。ワクチンの効果については、接種を参加登録後60日目までに行ったところ、120日後のPASCの寛解率を2倍(16.6%対7.5%、ハザード比1.93)に高めることが示されている。前述のRECOVER研究でも、ワクチン接種によりPASCは減少し、再感染により増加することが示されている。さらにワクチンによるPASC抑制効果はメタ解析でも確認されている(ハザード比0.55~0.84)。
また発症7日以内の経口糖尿病治療薬メトホルミンの内服は、PASC発症を抑制することが米国の報告で示されている。抗ウイルス薬については、現在、米国で非入院の重症成人100人に対し、持続感染するウイルスを除去することを目的に、ニルマトルビル/リトナビルを15日間内服させる第2相試験が進行中で、2024年1月終了予定である。
おわりに
COVID-19は認知症、アルツハイマー病の新たな危険因子となること、ならびに複数の病態機序が議論されていることを紹介した。本邦においてPASCの神経後遺症を評価する前方視的研究は行われておらず、その実態は不明であるが、若年者を含め、本人の自覚のないまま認知機能障害が生じている可能性もある。COVID-19後遺症として認知機能障害が生じうることを啓発し、感染予防の必要性を訴える必要がある。(3月16日、第607回診療内容向上研究会より)
図 COVID-19による神経後遺症の発症機序