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学術・研究

医科2024.04.20 講演

診断エラーを回避するための教育戦略
[診内研より545] (2024年4月20日)

東京都立多摩総合医療センター 救急・総合診療科医長 綿貫  聡先生講演

診断エラーとは何か
 診断エラー(diagnostic error)には現在まで様々な定義の変遷があるが、2015年に米国医学研究所が定義した最新の内容は下記のとおりである1)2)
・健康問題について正確で適時な解釈が為されないこと
もしくは
・その説明が患者に為されないこと

 このいずれかに当てはまった場合には、症例経過に関しての詳細な掘り下げを行うことが望ましい。診断エラーはもともと患者安全の中でも未開の領域とされてきたが、広い意味でのヘルスケアコストの問題があり、近年話題として取り上げられることが増えてきている。
診断エラーがなぜ起こるのか
 Society to Improve Diagnosis in Medicine(SIDM)3)という診断の質に関連した話題を取り扱っている国際学会のpresidentであったMark Graberらが行った臨床研究において、100人の患者に生じた592件の診断エラーの内訳として認知エラーが320件、システムエラーが228件と大多数を占めていた。また、認知エラーのうち情報統合エラーが265件、情報収集の失敗が45件、知識・技術不足はわずか11件であったとされている3)
 この研究が示すように、診断においてエラーが生じた場合、医療職が情報収集、情報統合・解釈、暫定診断を行う過程において認知バイアスやシステムの影響を受けたことを考慮し、現場の医療職が正しい疾患知識を有していたとしても診断エラーは生じうることを前提として、われわれは評価を行うべきである。
どのように診断エラーを予防するか
 認知バイアスは、わかりやすく言えば、われわれが目の前の事象を評価するときに、都合の良い解釈に騙されることである。前述のGraberの研究の通り、認知バイアスはわれわれ医療職の意思決定に大きな影響を与えている。代表的な認知バイアスとしてはHassle bias(自分が楽に処理できるような診断仮説のみを考える)、Availability bias(最近遭遇した類似症例と同じ疾患を考える)、Confirmation bias(自分の仮説に不適合なデータを無視する)などが挙げられる。
 また、認知バイアスの影響を受けやすい状況については示されており、それぞれに対する具体的な対応を示す。
1.疲労や、自分の処理能力を超えている状況を認識する
 メタ認知(metacognition)という概念がある。これは、一歩引いて俯瞰した状態で自分の状況を観察し、自分の行動や認知能力を確認することである。これを診断の過程において活用し、自分が認知バイアスの影響を受けやすい状態にないかを確認することが有効である。具体的な作業に起こすと表1のような内容となる4)
2.患者に対する感情を認識し、対応する
 患者に対して感情が生じている場合、それが好意的なもの(陽性感情)であっても否定的なもの(陰性感情)であっても、いずれも診療に影響を与えるとされている。
 ここでは特に陰性感情への向き合い方について述べるが、まずは前述のメタ認知の活用を行い、自分の感情に気づき、感情を言語化することが必要である。その際には同僚と共有することも有効かもしれない。その他の有効な手段としては、いったんその場を離れる(ただし、"●分後に戻ってきます"と伝えることを忘れない)などが挙げられる5)6)
3.診断を決めつけすぎず、診断の見直しを行う
 診断の決めつけ(早期閉鎖)への対応法としては、チェックリストの使用を行うのが良いとされている。複数のものが提唱されているが、一例として、2011年にJohn Elyが作成したチェックリスト7)を紹介する(表2)。
 そしてこの中で提案されている"診断タイムアウト"は表3のような内容である。この内容は特に救急外来での帰宅時判断などでの活用が期待されるが、チェックリスト全般がそうであるように、現場での実装の部分に課題が生じやすい。
診断プロセスにおいて患者協働を活用するための方法
 また、同じくここで提案されている"患者協働(patient engagement)"について述べる。診断プロセスにおける目標としては、「診断精度」の向上(医師-患者と家族間のコミュニケーションを改善し、有益な情報提供をしてもらうこと)、「患者中心性」の向上(患者と家族に診断プロセスの中に入ってきてもらう/巻き込むこと)の2点が挙げられる。患者-家族を診療に巻き込む方法としては四つの方法8)が提唱されている(表4)。
診断エラー事例に直面したときにどのように振り返りを行うか
 診断エラーの存在が疑われる事例において、現実的にはまずは小規模な振り返りを行うことが望まれる。認知的剖検(cognitive autopsy)という方略があり、オーストラリアのCEC(Clinical Excellence Commission)によるCognitive Autopsy Guidelineなどの内容9)10)が非常に参考になる。これらを元に現場での活用を重視し作成された、日本病院総合診療医学会良質な診断ワーキンググループで作成した「振り返りシート」11)などを活用するのが良いと思われる。

参考・引用資料
1)Improving diagnosis in healthcare. National Academies Press. 2015.
2)医療の質・安全学会誌.Vol.13 No.1(2018)p.38-41.
3)Arch Intern Med.2005 Jul 11;165(13):1493-9.
4)Ann Emerg Med.2003 Jan;41(1):110-20.
5)Am Fam Physician.2013 Mar 15;87(6):419-25.
6)BMJ Qual Saf.2013 Oct;22 Suppl 2:ii65-ii72.
7)Acad Med.2011 Mar;86(3):307-13.
2074QR_8.jpg 8)プライマリケアにおける患者・家族との協働による患者安全改善ガイド.
2074QR_9.jpg 9)COGNITIVE AUTOPSY GUIDELINE INFORMATION FOR CLINICIANS
2074QR_10.jpg 10)ケースでわかる診断エラー学:診断エラーの予防:システムへの介入.医学書院.
2074QR_11.jpg 11)診断力を磨く「振り返りシート」が誕生(第23回日本病院総合診療医学会学術総会報告).日経メディカル.

(4月20日、第608回診療内容向上研究会より)


表1 診断プロセスにおけるメタ認知の具体的な方法4)
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表2 診断のためのチェックリスト7)
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表3 診断タイムアウトでの確認項目7)
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表4 患者-家族を診療に巻き込む四つの方法8)
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