兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2024.06.08 講演

[保険診療のてびき]
便秘の原因と薬物療法
~便秘の病態により治療薬の使い分けは必要か?~(2024年6月8日)

県立はりま姫路総合医療センター 院長 木下 芳一先生講演

はじめに
 日本消化管学会は2023年に便通異常症診療ガイドラインとして2冊のガイドラインを作成している。一つは慢性便秘症のガイドラインで、もう一つは慢性下痢症のガイドラインである。慢性下痢症のガイドラインでは診療の標準化がいまだ困難で、今後臨床研究を進めるべきポイントが多数示されている。一方、慢性便秘症のガイドラインでは多くの臨床質問に対して答えがステートメントとして記載されており、診療の標準化が可能であると考えられる。
 今回の講演では、ガイドラインに沿って便秘の病態を説明するとともに、推定される病態を考慮しながら、どのように診療を行っていくべきかを解説した。
便秘症の病態
 便秘症は体外に排泄されるべき便が大腸内にとどまることで様々な症状を引き起こし、日常生活や身体機能に支障をきたす病態である。女性や高齢者では腸管運動による便の結腸内通過時間が長く、長時間の腸管内滞在時間の間に便中の水分が再吸収されて固くなりやすい。さらに直腸まで便が運ばれてきても直腸からの便排出に重要な直腸収縮力が低下していることがある。このように結腸、直腸の運動能力の低下は便秘の一因となる。
 さらに、高齢者では直腸壁の伸展知覚が低下しており、便の存在がわかりにくく排便反射が起こりにくい。結腸、直腸の運動機能、知覚機能の低下のために起こる便秘を機能性便秘と呼ぶが、主に結腸に機能障害があり「便が出ない」と表現される便秘と、主に直腸・肛門部に機能障害があり「便を出せない」と表現される便秘に分けることができる。
 機能性便秘に加えて、大腸癌などのために形態的な異常を呈する器質性便秘症、薬物の使用に伴って発症する薬剤性便秘症、甲状腺機能低下症やパーキンソン病などの基礎疾患に伴って起こる症候性便秘症がある。
慢性便秘症の治療
 器質性便秘症では、それぞれの患者の器質性疾患に対して治療を行う。症候性便秘では原疾患の治療を行い、それでも便秘症が軽快しない場合には機能性便秘症と同様の治療を行う。薬剤性便秘症でも原因薬剤の中止が可能であれば中止し、それでも便秘症が改善しない時や薬剤の中止が困難な場合には機能性便秘症と同様に治療を行う。
 慢性の機能性便秘症では、まず食習慣や生活習慣の改善を行うために食事・生活指導を行う。食物繊維の摂取に関しては多くのエビデンスが報告されており、食物繊維の摂取が少ない患者では食物繊維の摂取量を増やすことが便秘症の治療として有用であることが示されている。水溶性食物繊維に関する研究が多く、オオバコ(サイリウム)やキウイフルーツの有用性も報告されている。
 食事・生活指導を行うとともに、薬剤としてまずは浸透圧性下剤の投薬を行う。浸透圧性下剤は吸収されにくく腸管内にとどまり大腸内に水分量を維持することで便を柔らかくするとともに、腸管内容物の量を増やすことで蠕動運動を亢進させる。便秘治療の第一目標は便の固さを正常にすることである。固すぎても柔らかすぎても排便に関するQOLが低下する。
 特に、高齢者では直腸のコンプライアンスが低く、肛門管の圧も低いため、便を柔らかくしすぎると便失禁や便漏出を引き起こしやすくQOLを大きく低下させてしまう。浸透圧性下剤は内服後大腸まで移動したのちに効果を発揮するため、内服開始後に安定した効果となるまで数日の時間がかかる。内服後数時間で排便を誘発する大腸刺激性下剤とは作用スピードが大きく異なるため、作用機序や作用スピードを患者と共有し、薬剤の効果判定や増量、減量の必要性の判定は数日経過したのちに行うことが望ましい。浸透圧性下剤には酸化マグネシウム、ポリエチレングリコール製剤、ラクツロースが含まれる。酸化マグネシウムは高齢者や腎機能が低下している患者では副作用が起こりやすく、胃酸分泌抑制薬使用中の患者では効果が減弱しやすく、抗生物質やビスフォスフォネート製剤などとキレートを作りこれらの薬剤の吸収障害を起こしやすいため、使用には注意が必要である。
 浸透圧性下剤で十分な効果が得られなかった場合には代替・補助治療薬であるプロバイオティックス、ポリカルボフィルカルシウムなどの膨張性下剤、消化管運動機能改善薬、漢方薬やオンディマンド治療薬である刺激性下剤や浣腸、座薬などの併用が提案される。ただし、ドパミン受容体に作用する消化管運動機能改善薬は錐体外路症状を起こすことがあるため、高齢者への使用には注意が必要である。刺激性下剤や大黄を含む漢方薬は習慣性があることが心配されるとともに、腹痛を起こしやすい。虚血性腸炎の発症リスクを数倍高めるとの報告もある。
 このため、浸透圧性下剤が有効でなかった場合には投薬をルビプロストン、リナクロチドの上皮機能変容薬や胆汁酸トランスポーター阻害薬であるエロビキシバットに変更することを検討する。ルビプロストンとリナクロチドは小腸の粘膜上皮に作用して小腸内への水分分泌を増やす薬剤で、小腸から大腸内への水分の流入を増加させることで腸管内容物を柔らかくし、量も増やして蠕動運動を間接的に亢進させる。
 リナクロチドは腸管に起因する疼痛を軽減させる作用があり、腹痛を伴う便秘型の過敏性腸症候群にも適応を有している。
 エロビキシバットは終末回腸の胆汁酸再吸収に係る胆汁酸トランスポーターを阻害して、胆汁酸の大腸内流入を増加させる。大腸内に流入した胆汁酸は大腸粘膜に作用することで大腸粘膜からの水分分泌を増やし、大腸の蠕動運動を亢進させ、直腸の伸展知覚の鈍麻を改善する。これらの作用が相まって、腸管内容物の軟化、蠕動運動亢進、排便反射の亢進がおこり便秘症に対する効果が期待される。特に直腸の伸展知覚が鈍麻している患者では有効性が高い可能性がある。
 ルビプロストン、リナクロチド、エロビキシバットは有効性に関する高いエビデンスがあり慢性便秘症に有用であるが、ルビプロストンは嘔気の有害事象が多く、リナクロチドは下痢の有害事象が多く、エロビキシバットは腹痛の有害事象が多い。
 これらの薬剤の選択に関しては明確な指針があるわけではないが、それぞれの有害事象を考慮した薬剤選択も重要であると考えられる。
おわりに
 慢性便秘症の診療に関しては、日本消化管学会が作成した『便通異常症診療ガイドライン2023 慢性便秘症』が標準的な診療の指針を示している。このガイドラインを参照に診療、投薬治療を実施していくことが望ましいと考えられる。

参考文献
『便通異常症診療ガイドライン2023 慢性便秘症』日本消化管学会編 日本消化器病学会、日本消化器内視鏡学会、日本大腸肛門病学会協力 南江堂、東京、2023

(6月8日、薬科部研究会より)

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