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学術・研究

医科2024.07.13 講演

臨床現場での歩行障害へのアプローチ
~フィールドワーカーのためのやさしい臨床神経学~
[診内研より548] (2024年7月13日)

日本赤十字社足利赤十字病院 院長補佐後藤 淳先生講演

 外来患者さんの多くは、歩いて来院されます。中には車いすや歩行器などを利用される方もあります。"歩いて来院されること"から、患者さんについて多くのことがわかります。運動時に痛みを伴う場合には、整形外科的な視点も必要になります。診察室の中だけでは見落としてしまうことや"誤診"につながることもあります。
 急性発症の歩行障害として治療介入可能なものが除外できれば、亜急性、慢性の経過で出現する歩行障害について、じっくりと問診、診察を行い、補助検査も援用しながら診断、治療、リハビリにつなげてゆく流れとなります。急性発症の起立・歩行障害で、重要なものとして小脳下面の血管障害があります。椎骨動脈解離に伴う延髄外側症候群など、起立、歩行の診察ではじめて気づかれるものもあり注意が必要です。明らかな運動麻痺がないのに起立、歩行ができない脳梗塞は臨床的に重要です。
 立ち上がり(起立)、体位を変えて、歩く様子にこだわってみると、患者さんを診療のよい流れにつなげてあげるうえで、重要なヒントが見つかります。起立・歩行は、神経系を含む複雑な機構に支えられており、その診療の基本は問診と診察(観察)です。狭い診察室の中だけではわからないことも、患者さんやキーパーソンから生活史を聴きだすことで見えてくるものがあります。
 問診では、夜間の状況(視覚情報の影響、レム関連行動異常症;RBD)、洗面現象や転倒歴にも注意します。診察は、患者さんと出会ったときからはじまっています。転倒はどこでも起こるので、診察では、まず患者さんの安全確保が第一です。日常の生活史に迫る問診と診察室内に留まらない観察が診療のブレークスルーを拓くこともあります。新型コロナ感染症の時期を経て、廃用症候群やフレイルに関連した課題も日常的であり、生活リハビリ励行の視点も極めて重要になっています。
 階段歩行に関する問診も有用です。階段の昇降に異常がなければ下肢の運動障害はほとんどないと思われ、歩行障害を訴えていても階段昇降可能なら、下肢の運動障害はあっても軽いと考えられます。また階段も昇りが困難なら下肢の弛緩性麻痺、下肢近位筋筋力低下(筋疾患など)を疑い、降りるほうが困難なら軽度の錐体路障害、小脳性運動失調(下肢・体幹の失調)、感覚性運動失調(脊髄癆型)など鑑別します。下肢に運動麻痺がないのに階段下降困難なときは、小脳性運動失調を疑います。
 診察では、歩行の姿勢、歩容にも注意して、安全確保のうえでロンベルグ試験、継ぎ足歩行、深部覚、関節位置覚も必ず確認することが重要です。パーキンソン病、血管性パーキンソニズム、感覚性失調など、頻度の高い("在宅のコモンディジーズ")基本的な歩行障害についての深い理解も日常診療で有用です。
 問診、診察から局在診断、病態(鑑別)診断をすすめ、必要に応じて画像診断など補助検査を援用し、経過観察などしながら目の前の患者さんにベストの診療を目指します。家族やキーパーソンのケア(社会資源導入など)、介護保険サービス導入による生活リハビリ励行、転倒や廃用症候群予防への対策にも果敢に取り組みます。ときにケアマネジャーや往診医とも連携して、自宅内での生活者の視点で、介入可能な要素を見直してゆくことも有用です。
 日常臨床でよく出会う歩行異常に"小刻み歩行"があります。小刻み歩行イコール"パーキンソン病"の歩行と即断せずに、一拍おいて問診、診察、とくに歩容の観察が有用です。歩幅とともに『歩隔』や、歩行時の姿勢(前傾か側屈かどうか)、腕のふりや感覚トリックの有用性(kinesie paradoxale)にも注意すると役立ちます。"小刻み歩行"と表現されるものの中に多発性脳梗塞による"脳血管性パーキンソニズム"、別名"下半身パーキンソニズム(lower half parkinsonism)"も、一定の頻度で認めます。
 コモンディジーズである"パーキンソン病"についての理解が役立ちます。パーキンソン病の歩行は、hypokinetic gaitが基本となります。パーキンソン病とその鑑別については、MDS clinical diagnostic criteria for Parkinson's disease.(2015)が参考になります。パーキンソン病の診断を支持する所見と、支持しない所見(red flag)が明記されていて、診察(観察)のポイントが分かりやすく示されており、一見の価値があるかと存じます。
 そのほか、注意したい歩行障害に、動作特異的ジストニアと呼ばれる一群があります。階段を下降するときのみ出現する異常な運動や肢位で困っている患者さんは、ときに見かけますが、どこの診療科に受診すればよいか迷い、動作特異的ジストニアを理解している臨床家でないとわかってもらえないことがあります。感覚トリックの援用で改善するもの、ジストニアという病態であることをご説明することでご安心いただけることを経験します。
 ほかにも、様々な歩行障害のタイプがありますが、疑って問診と観察だけで、複雑な検査なしでも診断につながるものも少なくないため、実地医家の先生方にご興味を持っていただければありがたく存じます。(参考 図1,2:歩行障害のサブタイプと主な責任病巣)
 本来は、診療現場での観察が重要ですが、近年はWe Move(MDS)ホームページや教科書などで公開されている動画ファイルも参考になります。今回は、日常診療で頻度の高い歩行障害について、検討させていただき、先生方の日常診療にお役に立てれば幸いです。

参考文献
1)Postuma RB et.al.:MDS Clinical Diagnostic Criteria for Parkinson's Disease.
2)Mov Disord. 2015;30(12):1591-601.

(7月13日、第611回診療内容向上研究会より)

図1
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図2
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