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学術・研究

医科2025.01.11 講演

[保険診療のてびき]
新時代の呼吸器感染症治療(2025年1月11日)

関西医科大学 内科学第一講座 呼吸器感染症・アレルギー科 教授 宮下 修行先生講演

原因微生物を考慮した抗菌薬選択
①迅速診断法の活用
 肺炎診療ガイドラインでは、薬剤耐性対策の観点から病原微生物を特定し、狭域抗菌薬の選択を推奨している1)。中でも尿中抗原検査や鼻咽腔抗原検査、グラム染色などの迅速診断法は、感度は劣るものの抗菌薬の選択に寄与することから有用である。ただし、原因微生物の検査を行っても、原因菌判明率は低い。したがって薬剤耐性対策の観点から以下の②~④の手法を用いて原因菌を推定して抗菌薬を選択することが望ましい。

②マイコプラズマ肺炎の推定
 非定型肺炎の呼称の由来は、典型的細菌性肺炎(肺炎球菌性肺炎)に有効なペニシリン系抗菌薬が無効な肺炎の一群として認識されている。
 マイコプラズマは細菌と比較して感染様式や炎症の本体の違いに加え、気道上皮細胞への親和性が異なり、このことが臨床像の違いとして現れる。例えば感染感受性は若年者層に偏っており、若年者の多くは基礎疾患を保有していない。マイコプラズマの感染の主座は、病初期は気管支~細気管支領域であるため、聴診では副雑音を聴取しにくい。また免疫反応が主体であるため、細菌性肺炎とは異なり白血球数が上昇する症例が少ない。これらのマイコプラズマ肺炎の特徴を勘案して、市中肺炎ガイドラインは臨床像からマイコプラズマ肺炎を抽出する項目を作成し、その有用性が確認されている1)

③レジオネラ肺炎の推定
 市中肺炎におけるレジオネラの頻度は高くないものの2)、呼吸器病原体の中では重症化率が高く、不適切治療によって急速進行し死に至る症例がある。このため、尿中抗原検査が汎用されているが、感度は高くない。このため、欧米では臨床的診断が試みられている。しかし、多変量解析の結果、日本のレジオネラ肺炎は欧米のレジオネラ肺炎と異なる点があり、欧米の臨床的鑑別法は応用困難である。このため、診断予測スコア・モデルを用いてレジオネラ肺炎を拾い上げ、治療方針を決定することを推奨している3)。なお、レジオネラを鑑別診断する因子として低リン値など、有用な所見はいくつか存在したが、実地医家で汎用する項目に留めた。

④補助診断の活用
 胸部CTを撮影可能な施設では画像でマイコプラズマを疑うことが可能である4)、5)。マイコプラズマ肺炎の炎症の主体は免疫反応による間接的な細胞障害である。細胞性免疫の過剰反応は気管支血管周囲間質への炎症細胞浸潤を増強し、細気管支壁での炎症が強くなり、内腔狭窄をきたし閉塞性気管支炎を生じる。マイコプラズマ肺炎と肺炎球菌性肺炎のCT比較検討で有意差を認める所見は、1)気管支血管周囲間質肥厚、2)小葉中心性あるいは細葉中心性粒状影、3)すりガラス影の三つで、いずれも軽症から中等症のマイコプラズマ肺炎で高頻度である。

⑤多項目遺伝子検査
 新型コロナウイルスの出現により遺伝子検査が普及した。加えて多くの施設で多項目遺伝子検査が導入され、ウイルス検出に効果を発揮した。ただし、全ての市中肺炎症例に多項目遺伝子検査を使用することはなく、今後は重症肺炎など、推奨されるべき症例の検討が必要となる。

抗菌薬選択に際して考慮すべきこと
①原因微生物の頻度と好発年齢
 市中肺炎においては、宿主免疫機能の高度低下あるいは特殊な曝露背景などを有する例外的な症例を除けば、原因微生物の範囲はある程度まで限定して考えることが可能である。市中肺炎の治療に際して重要な原因菌は、頻度が高く重症化しやすい肺炎球菌、次いでインフルエンザ菌である。若年者の場合は肺炎マイコプラズマの頻度が比較的高く軽症例が多い。慢性心肺疾患など基礎疾患保有者においては肺炎球菌、インフルエンザ菌に次いでモラキセラ・カタラーリスを考慮する必要があり、高齢者では口腔内菌や嫌気性菌の関与率が高い。その他、頻度的には高くはないが重症化する危険性が高いレジオネラも考慮する必要がある。

②薬剤耐性状況の把握
 市中肺炎における重要な耐性菌として、ペニシリン耐性肺炎球菌(penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae:PRSP)、β-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(β-lactamase-negative, ampicillin-resistant Haemophilus influenzae:BLNAR)、マクロライド耐性マイコプラズマ、モラキセラ・カタラーリスなどが挙げられる。

③レスピラトリーキノロンの特性比較
 現在、わが国で使用可能なレスピラトリーキノロンは6剤ある(レボフロキサシン、トスフロキサシン、モキシフロキサシン、シタフロキサシン、ガレノキサシン、ラスクフロキサシン)。6剤には各々の特性があり、連鎖球菌への効果、嫌気性菌への効果、マイコプラズマへの効果、結核菌への効果、など同等ではない。薬剤選択において重要な点は、薬剤耐性菌を誘導しにくいことで、薬剤耐性対策アクションプラン(2016~2020)には、「薬剤動態学/薬力学等の最新の科学的根拠に基づく知見の公的な感染症ガイドラインへの反映」と記載されている。すなわち、mutant selection window幅の広いキノロン系薬では耐性菌が誘導されやすく、mutant prevention concentrationを超える面積が大きいほど耐性菌は誘導されにくいとされている。この理論に則って開発された薬剤はガレノキサシンとラスクフロキサシンである。日本感染症学会、日本化学療法学会、日本環境感染学会では、臨床分離菌の薬剤感受性サーベイランスを実施しており、ガレノキサシン(2007年発売)の肺炎球菌やインフルエンザ菌に対する薬剤感受性に大きな変化はない。

④結核の存在確認
 レスピラトリーキノロンの多くは結核菌に感受性があるため、肺結核合併例への投与では診断の遅れを誘発する危険性があること、予後不良因子となること、キノロン耐性のリスクとなること、などの不利益があるため、本薬剤の使用に際しては本当に必要な状況かどうか、より妥当性が高い他剤の選択肢がないかどうかを考慮する必要がある。なおレスピラトリーキノロンの中で、トスフロキサシンは抗結核菌作用のないのが特徴である。しかし、結核と肺炎の同時感染例で結核の発見が遅れた事例もあり、注意が必要である。

参考文献
1)日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン2024作成委員会.成人肺炎診療ガイドライン2024.
2)Fujikura S, et al. Aetiological agents of adult community-acquired pneumonia in Japan:Systematic review and meta-analysis of published data. BMJ Open Respir Res. 2023 Sep;10(1):e001800.
3)Miyashita N, et al. Validation of a diagnostic score model for the prediction of Legionella pneumophila pneumonia. J Infect Chemother. 25(6), 407-412, 2019.
4)Ito I, et al. Differentiation of bacterial and non-bacterial community-acquired pneumonia by thin-section computed tomography. Eur J Radiol 72:388-395, 2009.
5)Miyashita N, et al. Radiographic features of Mycoplasma pneumoniae pneumonia: differential diagnosis and performance timing. BMC Med Imaging 9, 7, 2009

(1月11日、薬科部研究会より)

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